3日後に結婚するはずの僕たちは

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3日後に結婚するはずの僕たちは

 同性婚も普通に容認されているこの国では、同性同士の同棲カップルなんてたくさんいる。  僕と琢磨もそのうちの1組。  そのうち結婚しようね、なんて約束は、ずっと前からしていたけれど、話しが具体的になったのは最近のことだった。  結婚式を3日後に控えているというのに、浮かない顔をしている自覚がある。僕は何度目かも分からない溜息を吐いた。  テーブルの上には、宛名も書かれてない茶封筒。白い便箋にはやや右上がりな癖のある文字で「琢磨さんの恋人はお前だけじゃない。早くその家から出て行け!」と書いてある。  そして、親しそうに笑い合う2人の写真。  琢磨と、知らない男。    別に、こんなものを信じた訳じゃないけれど、気分は落ち込んでしまう。琢磨はモテる。特別イケメンなわけではないけれど、優しくて頼りになるから、みんなが琢磨を好きになる。  そんな琢磨が、どうして僕を選んだのか、今でもわからない。琢磨のことを好き過ぎる僕を憐んで、一緒にいてくれたのだろうか。  とにかく僕は、自分に自信がないのだ。  顔も体形も学生時代の成績も、運動神経さえも、平均値。これといった特徴がない僕は、平凡男子ってやつなんだろう。    三連休初日の金曜日、どうしても午前中だけは仕事に出なければならない、と、琢磨はそう言って早朝に出かけて行った。もうすぐ帰宅するはずだ。  お昼ご飯は琢磨の好きなベーコンとトマトとレタスのサンドイッチと、かぼちゃのポタージュスープ、それにおから入りのポテトサラダを用意した。部屋の掃除と洗濯も終わってる。  ちょっと甘いものが欲しくなって、コンビニでシュークリームを2つ買って、帰りしなにふと覗いた郵便受けに、その茶封筒が入っていたのだ。   「ただいま」  ガチャリと音がして、玄関が開く。スーツ姿の琢磨が帰宅した。  玄関で出迎えた僕は、ふと、知らない香水の香りに気づいた。  香水なんてつけたことのない琢磨からそんな匂いのすることが、僕には耐えられなかった。    僕はおかえりなさいと言えなかった。 「ねぇ、琢磨、今日は本当に仕事だったの?」  変わりに口にしたのはそんな可愛くない言葉で、僕はどうしても聞かずにいられなかった。  ムッとした表情の琢磨。珍しく不機嫌だ。いつもなら笑って「当たり前だろ、何を心配してるんだ?祥吾は相変わらず心配性だな」と、そう言って笑うところなのに。  僕は黙ってテーブルを指差した。  テーブルの上には、2人分の昼食と茶封筒があった。  琢磨は怪訝そうにテーブルに近づいて、便箋と写真に気付くと、苦々しいと言わんばかり舌打ちをした。 「こんなもん、無視しろっていつも言ってるだろ!」 「無視なんて出来るわけないでしょ!もう何度目だと思ってんの!」 「俺が愛してるのは祥吾だけだ。知ってるだろ。じゃないと結婚しようなんて言うかよ」 「後に引けなくなっただけでしょ。本当は後悔してんじゃないの?」 「お前なぁ、ちょっと頭冷やせよ!」  琢磨がガンっとテーブルを叩いた。普段穏やかで、絶対そんな乱暴なことはしないのに。僕はますます頭に血が昇って、ついに、言ってはならない言葉を吐き出してしまった。 「もう嫌だ!琢磨なんか知らない。結婚なんてやめる!」  その瞬間、パンっと右頬が叩かれた。痛みはほとんど感じなかったけど、ショックで僕の目から一筋の涙が溢れた。  琢磨は一瞬、しまったと言う顔をして、けれどまた、苦々しげに舌打ちをした。  僕は琢磨に背を向けた。そして、衝動的に二人で住むアパートを飛び出してしまった。      とぼとぼと泣きながら歩く姿は異様に映ったに違いない。すれ違う人の視線を避けるようにして、たどり着いたのは寂れた公園だった。  まだ昼間だというのに、子供の姿もなく、古びたブランコと滑り台とベンチが一つだけ置いてあった。  そっとベンチに腰掛けて、僕は空を見上げた。僕の気持ちとは裏腹に、雲一つなく晴れ渡っている。    しばらくそうしていたら、さすがに涙も止まった。お腹がグゥと鳴く。 「……しまったな。財布も何もないや……」  僕は手ぶらで出てきてしまったから、飲み物一つ買えない。お昼ご飯、せっかく用意したのに、まだ食べてなかった。  その時、スッとお茶のペットボトルが差し出されて、僕は驚いて、その手の先を見上げる。 「よかったらこれどうぞ」  そこには今まで見たことがないほど美形な男性がいた。僕はポカンと口を開けて固まってしまった。 「きみ、大丈夫?僕の声、聞こえてる?」  苦笑いする男性の声に、僕は我に返って、差し出されたままだったペットボトルを受け取ってしまった。 「ありがとうございます。でも僕、お金持ってきてなくて……」  彼は気にするなというように、優しく微笑んだ。  ベンチの隣に座った彼は、柳井基次(やないもとつぐ)と名乗った。 「偶然、泣いてる君を見かけてね、気になってしまったんだ。僕でよかったら、話を聞くよ」  初めて会った見知らぬ男性、赤の他人の気軽さ故にか、僕はぽつりぽつりと琢磨との喧嘩の経緯を喋っていた。  柳井さんは、時々頷いたりしながら、黙って話を聞いてくれた。 「ありがとうございます。喋ったら、なんだかスッキリしました」  頭を下げた僕に、柳井さんは悪戯っぽく笑った。 「僕に乗り換える気はない?僕なら君を泣かせないし、お金持ちだから贅沢させてあげるよ?」  いきなり口説かれて、僕は思わず吹き出してしまった。 「あなたみたいな素敵な人にそんなこと言って貰ったのは初めてです。ありがとうございます」 「良かった。やっと笑ったね。君には泣き顔よりも笑顔の方が似合うよ」  二人でクスクスと笑って、柳井さんが立ち上がったから、僕もそれに倣った。 「僕で良かったらいつでも話を聞くから、ここに連絡してね」  差し出された一枚の名刺を受け取ると、そこには心療内科医の肩書きと携帯番号が書かれていた。      本当にカッコいい人だったな、と僕は思う。部屋を飛び出した時とは全然違う気持ちで帰り道を歩いていると、アパートの前に立っている琢磨に気づいた。  僕はいつの間にか駆け足になって、琢磨に抱きついてしまった。  琢磨はそんな僕を、黙ってギュッと抱きしめてくれた。      3日後の結婚式、神様に祝福されて、僕たちは夫夫になった。    ※※※※※※※※  俺は、祥吾が出て行った後、すぐに追いかける事が出来なかった。  衝動的に祥吾に手を上げた自分を赦せなくて、ストーカーじみた嫌がらせを繰り返すアイツが憎くて、ベタベタと触ってくる客にイライラして、自分に纏わり付いた甘ったるい香水の残り香に、無性に泣きたくなった。    そもそも、俺、小林琢磨(こばやしたくま)瑞木祥吾(みずきしょうご)が同居したのは、学生時代に二人ともがあまりに貧乏で、ルームシェアをして家賃を節約出来たらと思ってのことだった。  始めてみたら、同居生活は快適だった。祥吾は経済学部の学生故なのか、家計の節約が上手くて、家事全般が得意だった。性格は大人しくて、ちょっと人見知りな所もあるが、付き合い辛さは感じず、むしろ、二人でいるのはとても居心地良く感じた。家事全般苦手な俺は、その分バイトに精を出し、生活費を稼ぐ事に尽力した。  お互いの就職で、同居解消の話しが出た時、とっさに、嫌だと思った。  祥吾と離れたくない自分に気づいて、俺から告白して同棲に移行した。    初めて同じベッドで寝た時は、嫌悪感なく抱けることに自分でも驚いた。同性カップルも珍しくはないが、自分は異性愛者だと思っていたからだ。  むしろ今では、祥吾以外を抱く気がおきない。異性からも同性からも声をかけられることはままあるが、祥吾以外の人間からはまったく魅力を感じないのだ。  結婚を考えたのはその頃からなのだが、就職したばかりで蓄えもなく、祥吾を幸せにしてやれる自信がもてなくて、具体的な話しは出来なかった。三年間、真面目に働いて、贅沢もせずに貯金して、やっと結婚式を挙げられるようになったのだ。  教会で二人だけのささやかな結婚式を挙げること、それは祥吾の夢だったが、いつの間にか俺の夢にもなっていた。    三連休初日の金曜日、土日を挟んで、月曜日に式を挙げる予定だ。有給休暇を取る関係で、どうしても午前中の仕事を断る事が出来なかった。  最近、厄介な客に目をつけられていた俺は、いつになく苛立っていた。  だからと言って、祥吾に八つ当たりしたり、ましてや手を上げるなんてサイテーだ。    俺は、思考を振り払うように軽く頭を振って、携帯電話を手に取った。  ストーカーじみた嫌がらせをしてくるアイツに脅しをかけて、二度と同じことはしないようにきつく釘をさした。甘ったれなアイツは電話の向こうで泣いていたが、微塵も心は動かされなかった。  それから、用意されていた昼食にラップをかけて、漸く俺は祥吾を追いかけた。    アパートを出たものの、どちらに行ったか分からず、俺はその場で立ち尽くす。  祥吾は何も持たずに出て行ったのだ、きっとすぐに帰ってくる。  部屋へ帰ることは出来ず、ただただ祥吾を待っていた。    愛しい人が、真っ直ぐにこちらに駆けて来る。  思い切り抱きしめた俺は、普段、恥ずかしくて言えない言葉を口にした。    三日後の結婚式、俺は世界一の幸せ者だと思った。 ※※※※※※※    結婚式が終わったその夜、先にお風呂を済ませた僕は、いつになく緊張していた。おかしいな。エッチなんてこの3年間、数えきれないくらいしてきたのに……。琢磨が悪い。「初夜だな。今夜は覚悟しろよ」なんて言うから。水色の水玉模様のパジャマを上だけ羽織って、下着もつけずに待つのは、なんだか間抜けだ。そう思ったが、琢磨はこの格好を好んでいるのだ。全部琢磨のせいにしてやる。   「どうした?変な顔して」  お風呂から上がった琢磨は、トランクス一枚だ。見慣れた姿のはずなのに、妙にドキドキする。 「初夜だから、優しくしてね」  にこっと笑ってそう言えば、琢磨はニッと口の端をあげた。 「そうだな、奥さん。改めてよろしく。祥吾がもういやだって泣き出すまで、優しくしてやるから、だから、コレ付けさせて?」  琢磨の手にあるのは、ふわふわの毛が付いた手錠だった。 「ま、待って?なんで?初夜にそんなもん要らないでしょ。そんなの別の日でいいんじゃ」  予想外のことに緊張感も吹き飛んでしまった。僕は慌てて、琢磨の奇行を止めようとしたが、無駄だった。あっという間に両手を拘束されてしまった。 「手が使えないってエロいな……。こうでもしないと、祥吾はすぐ俺に乗っかってこようとするだろ?」 「だって、騎乗位好きなんだもん……」  悔しいけど、僕は騎乗位が一番好きな体位なんだ。自分の好きに動けるし、ちょっとだけ琢磨を犯してる気分も味わえるから。 「今日はダメ。祥吾はウブな奥さんなんだから、寝てるだけのマグロになってて」  なにそれ?ちょっといいな。新鮮だ。    両手を戒めた手錠の紐をベッドの柵に繋がれた僕は、大人しく仰向けに寝転がる。  琢磨がそっとキスをしてきた。  優しいキスは、すぐに深いものに変わって、キスしかしてないのに、触れ合った互いの中心は熱くてもう硬くなってきていた。  はぁ……、吐息が甘く溢れる。  琢磨の愛撫は情熱的でしつこいほどに丁寧で……、綺麗に洗ってローションも仕込んである後ろの窄まりは、もう期待を込めてきゅんきゅんしていた。 「たくまぁ、もう、手錠外して……」  もどかしくて琢磨にお願いしても、ダメだと却下されてしまう。ああ、琢磨の上に乗っかって、そのバキボキになった琢磨のムスコを僕のなかで可愛がってあげたいのに……。 「たくまぁ、もう、おねがい……」 「だーめ。ほら、祥吾、キスしよ。舌出して?」  琢磨の熱い咥内に迎え入れられた舌が、琢磨の肉厚の舌と絡み合い、堪らなく気持ちいい……。    その夜は結局最後まで、僕の手錠は外してもらえなかった。  どんな風に泣かされたかって?  そんなの、ご想像にお任せします。
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