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決着
縄を伝ってリサが向かってくるのを認識したのだろう、レヴィアタンが巨大樹のような首をブンと振って銛を引き剥がす。
「しまった! 刺さりが浅かったか!」
まさか『使う』とは思ってなかったから、銛の先端もそれほど研いでなかったのが悔やまれる。これではリサも足元が……。
「見ろ! 上だ!」
ジョージが指差した先で、リサが縄を蹴って間一髪上空に高く飛び出していた。
「飛んだ! 飛び出しやがった!」
こうなればもうやり直しは出来ない。正真正銘、命懸けの一発勝負。
レヴィアタンがリサを睨み上げ、馬鹿みたいにデカい口を開けて待っている。踏ん張りが利かず、自由落下で落ちてきたところを仕留める気だ。
一抱えもある太くて鋭い牙が、リサにギラついた殺意の先端を向けている。
飲み込むつもりではない。その牙を突き立て、噛みちぎって殺す気なのだ。
ただ落ちるだけのリサに、方向を変えて逃げる手段はない。だから獲物が口に収まるのを『ただ待っているだけ』でいい。
「ダメだ! アレでは逃げ場が無え!」
悲痛な叫びが走る。銛を外されたオレ達に出来る事は何一つ残っちぁいない。この凄まじい戦いの結末を、ただ見守る事だけしか……。
外れた縄を握る腕に、力が入る。
だがリサは、その地獄の蓋が開いたかのような絶望の状況に『ニヤリ』と嘲笑って見せた。
「……だろうな。上から行けば『必ずそうするだろう』と思っていたよ! けどな……お前の外皮がどれだけ強いか知らんが、内側からならそうもいくまい?!」
両目をカッと見開き、リサが空中で剛弓に次弾をつがえる。
それは漆黒に染められた、あの『絶対に触れるな』と言っていた矢だった。その矢の先端には、まるで蒲の穂のように膨れた鏃が付いている。
「悪魔め……言っておくが、これはただの『銀』ではないぞ? この鏃の中身はな、『水銀』なのだ! 老いた鍍金の職人から分けて貰った、数滴でも浴びれば忽ちにして死に至る特別製の猛毒だ!」
鉄線の張られた弓が、これでもかと言わんばかりに大きく撓む。
そして。
ドゴ……ォォ……ン!
荒れ狂う大海原に、最終最後の発射音が轟き渡った。
唸りを上げて放たれた矢はその大きく開いた上顎を内側から貫通し、そのままレヴィアタンの脳髄へ、鏃の『水銀』をぶち撒ける。
……!
その瞬間、レヴィアタンが止まった。
いや、レヴィアタンだけじゃぁない。オレの眼には、クジラも、シャチも、波も、雨粒や落ちているはずのリサですら『止まって見えた』。
時間が、その仕事を忘れて見入ったかのように。
「やった、仕留めたぞっ!」
高々と突き上げたオレの右拳が興奮で震える。
だが、落下するリサにその運命を変える方法は無かった。
虚ろな目付きでグラリと崩れかかるレヴィアタンの喉奥へ、そのままリサはまるで吸い込まれるように消えていく。
「待て! 行くな! 戻ってこい、リサぁぁ!」
必死に伸ばしたオレの右腕はあまりに短く、レヴィアタンの喉に遠く及ばず……。
ズドドド……。
世界の海を恐怖に陥れていた伝説の巨体が崩れる。瓦解した白い巨塔が、海中へと沈んでいく。一際大きな波飛沫を残し、それきりレヴィアタン深い海底へと姿を消した。
……ふと気がつくと。
あれほど荒れ狂っていた嵐は、いつの間にかピタリと止んでいた。
風が無くなり、雲は消え、あれほど叩きつけていた豪雨も止んでいる。
波はいつものように穏やかに揺れ、集まっていたクジラやシャチの大群は何事もなかったかのように、三々五々に散っていく。
まるで嘘のような、夢を見ていたかのような光景。
それが現実で有ったという確かな証拠は、バラバラに壊れて沈みつつあるオレの船と。
……そして、あのクソ生意気なリサの野郎がいなくなった事だった。
それから1時間ほどして。
オレ達は離れて待機させてあった仲間の船にどうにか助けられ、そのまま無言で港へ戻ったのだった。
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