出港

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 それから、数日後の夜だった。  夕食が終わってから、オレは暗い甲板へ夜風を当たりに出てみる事にした。船員達はキャビンでまだ騒いでいるようだが……。  と、そこに。 「……おや? 先客がいるな」  船べりに腕をついて夜の海をぼんやりと眺めているヤツがいる。……リサだった。クロオウムは船倉に置いてきたようだ。  オレは無言のまま船長室に引き上げ、『あるもの』を隠し持って再び甲板に足を踏み出した。 「よぉ! 誰かと思ったらお前さんかい。どうした、寝られねぇってのかい?」  リサは夕食が終わると早々に船倉に引きこもるのが常だから、こんな時間にウロウロしているのは初めて見た。 「……妙な胸騒ぎがしてな」  ボソリと答える。 「はは! 胸騒ぎときたかい! そいつぁアレかい? レヴィアタンが近い……とかか?」 「かもな……」  リサは墨のような黒い海をじっと見つめている。 「心臓が妙に煽る……。予感がするのか、それとも怪我の具合が影響しているのか……或いは、その両方なのかも知れん」  どことなく寂しそうな目つき。 「その……チェスター号は、長かったのか?」  オレはリサの横に立ち、同じように暗い海を眺めた。 「……」  オレの問にリサは無言で返す。言いたくないという意味だろう。オレは、ジャケットの裏側から『秘密兵器』を取り出して、リサに突きつけた。 「……?」  リサが訝しげにを受け取る。 「これは……テキーラの瓶か。船に酒は禁物じゃなかったのか?」  軽く振った瓶の中身がチャポンと揺れる。 「ああ、な。何しろ酔っぱらって間違いをおこしでもしたら、全員が海の藻屑だからよ。……しかし、何にでも『例外』ってモンはあるさ。例えば船が遭難して食料も底をつき『もうだめだ、助かりっこねぇ』って時もある。そうした時、『最後の一口』に使う……儀式用ってところだな」 「……」  リサは黙って、その瓶の口を切った。 「悪りぃがグラスは用意がねぇ。ラッパ飲みでヤってくれや」  オレがそう言うと、リサは黙ったままグイと一口、瓶を煽った。  ……おいおい、水じゃぁあるまいし、随分と一気に呑んだな。  心中呆れていると。 「3年だ。チェスター号には3年乗っていた……」  ポツリ、とリサが口を開いた。 「山でひっそりと暮らしていた18歳の時、たまたま牛みたいにデカい猪が現れてな。それを仕留めたのが……私だった。硬くて銃弾すらも貫通させないという猪の頭蓋骨を真正面から貫通させた弓矢の威力を、キャプテンシルバーが聞きつけてな。『その力でクジラを撃てないか』と頼まれたのさ」  酒の力もあったのか。それまで喋ることのなかった身の上話。 「何しろ私は見ての通りよ。オンナとは言えガサツが服を着ているようなもので、綺麗な歌も歌えなければ、踊りのひとつも出来ん。お上手のひとつとて言えるわけでなし……『役たたず』と罵られる日々だった。そんな中、シルバーだけが私に『生きる場所』をくれたのだよ。『お前が頼りだ』と言ってくれた。それがどれだけ嬉しい事だったか……あんたには分かるまいな」  また、リサがグイっとばかりに瓶を煽った。 「私にとって、シルバーは自分の命そのものだった。生きる目的そのものだったのだよ。それを奪われるという事は、生きながらにして死んだも同然……。だから死ぬのは怖くない。ああ……怖くはないさ。ただ、シルバーの意志を遂げられない事だけが、怖いんだ。このままレヴィアタンを倒せずに死んで、あの世で何と言って彼に詫びればいいのか……それだけが怖いのだよ」  それはまるで吐き出すかのように。  そうして、溜まっていた感情を吐いた穴を塞ぐかの如く、残っていたテキーラを再び大きく煽った。 「うむ……いい酒だった」  オレに返してくれた瓶は、すっかり空になっていた。
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