反抗

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反抗

ザザン……! レヴイアタンの巨大な頭が再び海面から姿を現した。リサの矢を警戒している以上、身体を海面の外に出すのは本意ではないのだろう。だがそれでも出て来るという事は、物凄い数のシャチによって執拗なまでに下から追い立てられているのに違いあるまい。 「食らえっ!」 その瞬間を逃す事なく、第二の矢がリサの腕から放たれる。 ドゴ……ォン! またしても強烈な発射音が海に響く。そして矢はレヴイアタンの隙を逃すことなく、喉元近くをえぐった。 《ギエエエ……!》 耳をつんざき天空を揺るがす程の雄叫びが、サディの海をビリビリと震わせる。 苦悶に身をよじり、首を振って身体に刺さった『毒針』を抜こうとレビィアタンが足掻いている。 「どうだ悪魔め、思い知ったか! 貴様に貰った苦痛の日々を、仲間の分もまとめて返してやるぞ!」 「き……効いているのか?」  恐る恐る、その様子を見守る。油断は出来ないだろうが、効果があるのだとすれば朗報と言っていいだろう。 「あぁっはっはっは! ざまぁないな、『悪魔』よ! どうした? それでも 『伝説』と恐れられた怪物なのか!」 思い描いた戦果に高揚するリサが第三の矢をつがえた、その時。 突如レヴイアタンが上空を高く睨み、巨大な口を大きく開けた。 「な、何をする気だ?!」 すると同時に、オレの鼓膜がビリビリと痛みだしたのだ。耐え難い激痛に、思わず両耳を押さえて踞る。 「ぐわぁぁ!」  何が起きているのか理解が出来ない。見ると、船員もリサも、同じように耳を押さえて苦しそうに顔を歪めているではないか。 ……こ、これはっ!? 幸いな事に痛みは数秒で終わった。だが次の瞬間、オレはレヴィアタンの『隠された能力』を思い知らされる事になった。 「キャプテンっ! あれを! 西から黒雲が……嵐が来る!」 ジョージが大声で叫ぶ。その見上げた大空が、いつの間にやら分厚い黒雲に覆われていた。気付けば強い風がバタバタと帆を揺らし始めているではないか。 「馬鹿な! 野郎……嵐を呼んだってのか!」 背中に寒気が走る。海が荒れて船が揺れれば弓では狙いがつけられなくなる! それだけじゃない、波が高くなれば難破の危険も出てくるのだ! 「帆を畳めぇ! 急げ、強風に煽られればマストが折れるぞぉ!」  ジョージの指示で、船員達が慌ててローブを引き始める。 「くそ……意外に頭がいいんだな……畜生のクセしやがって……!」 忽ちにして膨れ上がる荒波に、船が大きく傾き始める。 「ぐぁぁ! 危ねぇぇ!」 「船が傾くぞぉ! 投げ出されるなぁ!」 「しっかりしがみつけぇ! 波が高いっ!」  大きく振れだす甲板に、船員達が慌てて近くの柱にしがみつく。崩れた大波が甲板に溢れ、激流となって男達を海へ洗い流そうとする。  そんな彼らを尻目に、 気のせいかレヴィアタンの口元が『ニヤリ』と嗤ったようにも見えた。  すると。 「ああ! 見ろっ! ヤツがこっちに来るぞぉ!」  メインマストにしがみついていた見張りが大声で叫ぶ。その先に、小山のように盛り上がった海面が物凄い勢いで船を目掛けて突っ込んでくる。 「馬鹿な! 突撃してくるつもりか!」  もしも体当たりを食らわされたら、こんな如きひとたまりも無いだろう。 「ぐっ……! ジョージっ! 船を回せぇ! 避けるんだぁ!」    次の瞬間。オレは自分の目を疑った。  船べりからホンの数メートル先に、突如として巨大な白い『塔』が出現したのだ。  高い! 天を突かんとばかりに伸びたそれは、紛れもなくレヴィアタンの『尻尾』。それが海面から100メートルは突き出て垂直に立ち上がっているのだ。  さながら、それは切り立った崖にそびえ立つ灯台を見上げるようで……。 「まさか……やめろ……止めてくれぇぇ!」  その『灯台』が、船を目掛けて崩れ落ちる。  恐ろしい肉の塊が、真っ逆さまに降ってくる。 「ああああぁぁっ!」  悲鳴? 絶叫? ……いや、それは人智を超えた神の鉄槌に乞う懺悔の祈りか。    ……何てこった、これが『レヴィアタン』か! これが『悪魔』の悪魔たる所以なのか! こんな怪物を相手に、人間如きに何が出来るというのか!  オレは無意識に『神』とやらに祈った。自分の力が全てだと思っていた海で、何かに縋ったのはこれが生まれて初めてだ。  絶望的な一拍の間を置いて、その白い巨柱が船に衝突した。  轟音と共に疾走るその凄まじい衝撃が、オレの身体を一瞬フワリと宙に浮かび上がらせる。  ドドド……ォォ……ン!  余勢を買って悪魔の尻尾が海に落ちる。攻撃は船の後尾を直撃したらしく、船体中央から後ろは跡形も無く木っ端微塵に砕かれていた。 「……っ!」  船首が大きく上を向く。普段なら見る事の出来ない船底が、海面から顔を覗かせている。 「沈没するぞぉぉ!」  ジョージが叫んだ。船員の半分が海に投げ出されている。 「くそっ……ここまでか……!」  同じくさっきの一撃で投げ出されたのか、リサの姿も見えなくなっている。オレも大きく傾いたデッキの柱に掴まるのがやっとの有様。    海に生きる者が海に死ぬのもまた道理か……。  散々にクジラやマグロを獲って殺してきたんだ、逆に殺される事だって可怪しくはないのかもな。  己の命を諦めかけた、その時。オレは信じられない物を見た。
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