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「あ……あれは……?」
オレの眼の前、レヴィアタンのヤツが身体を沈めた、そのすぐ脇に。
いつの間にやら、まるで岩礁のように盛り上がった『何か』が海面から姿を現しているではないか。
「な……何だ、ありゃ……?」
すると突然、その『岩礁』から、まるで間欠泉のように大量の海水が空に噴き上がったのだ。
「ク……クジラだ! シロナガスクジラの潮吹きだ!」
誰かが叫ぶ。
「馬鹿な! 10月のサディ海域にシロナガスクジラがいるはずが……っ!」
「い、いや、見ろっ! 一頭だけじゃない! 何頭か……いや、十頭以上いるぞ!」
荒れる海の波間を割って、次から次へとクジラの背中が突き上がる。吹き出す潮の競演は、空から降る土砂降りの雨を押し返えさんばかりの勢いだ。
シロナガスだけではない。よく見ると一回り小型なマッコウクジラや、ザトウクジラの姿も見える。これだけの数と種類のクジラが集まっていただなんて!
ブォォォ……!
宣戦布告の如きクジラの嘶きが荒れ狂う天を揺るがす。そしてクジラ達はそれを合図とばかりに、一斉にレヴィアタン目掛けて体当たりを仕掛けていくではないか。
次々と、猛然と、所構わず200トンを超える塊が突っ込んで行く。
……そうか。深海からレヴィアタンを引っ張り上げたのは、彼らクジラだったのか……。
如何にシャチの頭がいいとは言え、その潜水能力は2時間近く息を止められるというクジラには到底及ばない。クジラ達が深海からレヴィアタンを追い立てて、今になって追いついてきたのだろう。
種別の垣根を超えた海の大連合軍を前にして、さしものレヴィアタンも旗色が悪いようだ。
「お……っ! リサだ!」
船から3メートルほど離れた先に、リサが海面から頭を出しているのが見える。よく見るとさっきリサが『彼』と呼んでいた大きなシャチが横にいた。あのシャチが海に落ちたリサを助けたのだろう。
目の前では、尚もレヴィアタンとクジラ・シャチ連合の戦いが続いている。巨体を奮って追い払う悪魔に、シャチやクジラが数の利を生かして突っ込んでいく。
海の支配権を賭けた、壮絶な戦争……。
「くそ……オレは……『人間』はこれを見てるだけなのか?!」
いくら鯨殺しのふたつ名を持つオレ様とて、それは人間同士での呼び名に過ぎない。こうして丸腰で向き合うのなら、オレなんざ戦力にもならねえゴミも同然……っ!
その時、リサのクロオウムがオレのすぐ頭上にやって来た。
怒りに燃える黒い瞳とバサバサと羽音で煽りながら飛び回る様は、まるで『お前はここで何をしているのか』と責め立てるかのようじゃないか。
……ああ、分かってるよ。分かってるってんだよぉ!
ふつふつと、オレの心に怒りが湧き上がって来るのが分かる。この場の『主役』を、自分たちが『獲物』と下に見る奴らに独占されているという耐え難い『屈辱』!
「ざけんな……舐めやがって! 魚のクセに……魚野郎がしゃしゃってんじゃねぇぞぉぉぉ!」
大声で叫ぶや否や、オレは傾く甲板を必死の思いで駆け上り、船首についた捕鯨砲を抱えた。
『勝てる・勝てない』じゃぁねえ! やれる事はなんだってやるんだ! 例え蟷螂の鎌に過ぎずとも、人間の精一杯を叩き込んでくれるわ!
「喰らえやぁぁ!」
オープンサイトでレヴィアタンの首元に狙いをつけ、そのまま強く引き金を引く。
ドゴォン……!
号砲一撃、鋭く研がれた鉄の銛が勢いよく飛び出してレヴィアタンの首元にグサリと突き刺さる。
「やった! 見たか、蛇野郎めがっ! 沈没寸前のオンボロ船だが、それでも引きづって泳ぐには少々邪魔だろうがよ!」
その時。
オレは更に信じられない物を見る事になった。
銛に結わえてあった縄にリサが掴まると、そのまま縄の上に乗ったのだ。
そして軽く張られた荒縄の上で器用なまでに直立すると、一直線にレヴィアタンの喉元を目指して走り出しやがった。そう、縄の上をだ!
「何だよアレは、サーカスかよっ!」
誰もがその光景に眼を疑った。
地面と並行に張られたロープの上をゆっくりと歩く程度なら、街に来るサーカスでも見る事があるだろう。だがしかし、リサは斜めになった荒縄の上を駆け上ろうとしているのだ。
何という超人的なバランス感覚……まさに神業!
「ぐっ……! くそが!」
オレは咄嗟に縄を掴んで思いっきり引っ張った。こうしている間にも船が沈みつつあるので、縄が緩み掛けているのだ。こうなったら、少しでもテンションを掛けてリサの足元を確かな物にしてやらねぇと!
「キャプテン! オレにも手伝わせろ!」
ジョージが泳いで来て、オレの前で縄を握って引き絞る。
「オレもだ!」
「オレにもやらせろ!」
「海は踏ん張りが利かねぇ! 全員で引くぞ!」
気がつけば船に残っていた男達全員がやって来て、全力で縄を引いていた。
間に合うかどうかなんて分からねえ。しかし今だけはそれに賭けるしかねえ! 人間の底力ってぇヤツを見せてやるんだ!
「いけぇぇぇ!」
荒れる海に、野太い絶叫が疾走る。
リサはそんな声を一顧だにせず、まっすぐに縄を駆け上がっていく。ヤツの首元まで、もう……一息っ!
ギロリ……。
ヤツの喉元まで、あとホンの数メートルというところで、レヴィアタンの紅い眼がリサを捉えた。
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