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#1 安藤くんの憂鬱
───好きな女性がいる。
相手は同じ職場の先輩社員。
名前は青葉橙子。彼女は、俺、安藤毅彦より二つ年上の二十九歳。勤めるイノウエ事務機の小売部門、小浜店の店長。
俺が言うのもなんだが、見た目だけで言えばそこそこ美人の部類。惚れた欲目を差し引いたとしても。
性格は裏表がなく、物事白黒付けないと気が済まないタイプ。曲がったことは大嫌い。自分の意見は臆せずキッチリハッキリ伝えるタイプの女性。
そんな性格が影響してか、男性社員からは少しばかり距離を置かれている。まぁまぁ美人なのに勿体ない。
俺にとっては好都合。彼女を好きになるような男は、少しでも少ないほうがいい。
俺は、といえばそんな彼女とは恐ろしく対照的で、思ったことの六割くらいは飲み込むタイプの人間でどちらかといえば口下手。そんな俺だから、彼女に話し掛けるなんて事自体ハードルが高い。
だからこそ、朝の挨拶や業務連絡に至るまで、彼女と話せる機会に気合を入れる──が、実際緊張して声は上擦るわ、噛むわで、まともに話せやしないのが現実。
基本、話し掛ける勇気もないため、隙あらば見つめる。そう、隙あらば。
チラと一瞬でも目が合えば心臓が小躍りし、運良く微笑まれたりしようもんなら体中の血管が暴れ出す。
そんな恋焦がれる相手が──いま俺の目の前で寝息を立てている。
彼女を見下ろしながら俺の心臓は小躍りどころか激しくランニングマン。
彼女が寝転がっている場所は、会社でも居酒屋でもなく、俺の部屋の俺のベッドの上。
事の経緯を初めから話すと長くなるので、詳しいことは割愛するが。会社の飲み会でへべれけになった彼女を、俺が家まで送り届けることになった。
酔った彼女にタクシーの中で
「安藤ん家泊めて」
と言われ。
「いやいや、何言ってんすか。無理です」
「いいじゃん、ケチ」
「普通に考えて泊めれるわけないでしょう。困りますってば」
「もう嫌だ。帰るの面倒い。眠くて死ぬ……」
「いやいやいや。ちょっと待ってください。ねぇ、青葉さんってば!!」
なんてやり取りの後、意識を手放されたのだからたまったものじゃない。
タクシーの運転手には当然嫌な顔をされ、彼女の家すら分からぬ俺は図らずも彼女をお持ち帰りする羽目になり現在に至る。
「……」
ベッドの上にゴロンと寝転がったままの彼女を見下ろし大きく溜め息。
「……襲いてぇ」
いやいや。いいわけないだろ、犯罪だ、それ。
「ここまで無防備だと、可愛さ通り越して憎らしい」
これは、アレか。おまえなんか男として見てねぇよ、バーカ! と言われているのか。それゆえの無防備さか。
「俺だって……男なんですよ?」
大きく息を吸い込んでみるも、彼女の小さな寝返りにビクついてベッドから飛び退く俺。
「できるわけないっての……」
それが、現実。
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