2020年、X月

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「えっくすきゅーず、みー」  入場門で止められた。おでこに電子体温計を当てられる。  鼻からあごまでをすっぽりと覆い隠すようなマスクの向こうからくぐもった声が。自分の肩口の高さに青い帽子をかぶった女性スタッフが年上なのか年下なのかもわからない。 「ダイジョブですよ」  そう言って羽織っていた黒いトレンチコートを脱ぐ。現れたのは水色、空色、紺といった濃淡五つの青が不規則に混じりあった迷彩柄のレプリカユニフォーム。二十年以上ユニフォームサプライヤーをつとめるアディダスジャパンが自信を持って送り出したデザインである。  青一色の背中には赤く5、その上には白くFUJIWARAとある。 「おーぷん、でぃす」  指差されてあまりいい気分はしなかったがこれも慣れている。OK、と言いながら黒い楽器ケースを開いた。  よく使いこまれた管楽器が一本、照明を反射して虹色に光る。父の形見でもあるトランペットだ。  それを確認すると、スタッフはようやくパンフレットの束が入ったビニール袋を手渡した。
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