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人は本当に驚くと、声は出ないんだと知った。だから、声が出るうちはまだ余裕があるんだ。
カタカタとコップが揺れている。オレンジの甘ったるい香りが気持ち悪い。私は自分が震えていることに気づいた。
「え……何で」
「ふふっ。そんなに驚かなくてもいいじゃない。あたしたち、よく知ってる仲なんだから分かるでしょ?」
意味が分からない。私は綺羅お姉さんなんて知らない。今さっき初めて会ったはずだ。それなのにどうしてさっきからきらきら星が頭の中で鳴っているんだろう。
きらきらひかる、お空の星よ。まばたきしては、みんなを見てる――。
「……鉄棒を頑張ったのは分かったけど、ずいぶん帰りが遅かったじゃない。それにランドセルはどうしたの?」
怖い言葉とは打って変わって、再びあの優しい声で私にたずねた。
「いつものこと。九時に帰っても何も言われないし」
「ランドセルは?」
「置いて来た。ここに来る途中に」
「何色のランドセル?」
さっきから何なんだろう。綺羅お姉さんはどうしてそんなこと知りたがるんだろう。
「ねぇ、何色?」
「えーと、ピンク」
「ピンク?定番の赤にしなかったんだ」
「うん。赤は嫌いなの」
手持ち無沙汰で握りしめたコップのオレンジジュースは、とっくに生温くなっていた。でも飲む気はしない。さすがに液体の色までは見えないけど、たぶん汚いだろうから。
「綺羅お姉さんはどこから来たの?」
宙ぶらりんな足をパタパタ動かしながら、静かなリビングが怖くて興味もないことを聞いてみる。いや、聞いたほうがいいか。だって知らない人だもの。そう、知らない人……。
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