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嫌いなものばかり、か。そう、綺羅お姉さんの言う通り、私は嫌いなものが多い。大きな音、囁き声、鳥の声、赤色、花火……。でも、それが悪いことだとは思わない。嫌いなものに近づいて嫌な思いをするくらいなら、避け続ければ良い。
いつか好きなものにたどり着けるまで、ずっと。
キィン――。
「物思いも良いけど、頭の中だけじゃ実現できないわよ。……夢乃ちゃん、もう夜も遅いわ。そろそろ寝ましょう?」
甲高い音に驚いて顔を跳ね上げると、白くて細長い人差し指が目の前にあった。どうやら綺羅お姉さんがコップを指ではじいたらしい。
「寝るって……」
「ほら、もう零時を回ってる」
お姉さんの視線が上にずれたので、振り返って視線の先を追うと、家の形をした古そうな壁時計が目に入った。暗いから細部は分からないけど、文字盤の上に小窓のような切れ目があるのが見えた。
「あれね、鳩時計よ」
「鳩時計?」
「今はよく見えないけど、文字盤の上の小窓から、時間になると鳩が出てきて鳴くの。時間を知らせるためにね」
改めて見ると、だいぶ塗りがはげているけど、屋根の部分は赤で、壁の色は白っぽい。文字盤は零時半。確かにもう夜も深い。
あれ?時間を知らせるためなら、普通は長針が十二時に戻って来たら鳴るはずだけど……。
「ねぇ、夢乃ちゃんはいつもどこで寝てるの?」
お姉さんが立ち上がると、椅子がギィと嫌な音を立てた。
「上」
「そう、上ね」
二階への階段は玄関のすぐ横。つまりまた冷たい廊下戻ることになるけど……どうしよう。
なかなか動こうとしない私を見て、お姉さんはふっと笑った気がした。
「どうしたの?暗いから気をつけないと。ほら、早く」
……たぶん大丈夫。意を決して私も席を立つ。オレンジジュースが揺れている。暗闇の中では、オレンジもただの黒。黒い液体を飲む気にはなれなかった。
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