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寿命買い取ります
親が死んでしまい、親戚の金をめぐる争いに巻き込まれ、負けてしまった今の俺には財産も地位もなにもない。お金の取り合いは非常に醜い人間だけの争いだ。無一文の俺にはあるのは自分の体だけだ。臓器提供でもするしかないのだろうか。そんな悲観的な俺が町の中を歩いていると――チラシが風に吹かれて顔に貼りついた。
『あなたの寿命を売ってください。お金に換金します』
寿命を売ることで金が手に入るのか。金がなければ、食も寝床も手に入ることはない。俺は金を手に入れるために、とりあえず命を売るために、チラシのビルに向かう。住所を見るとすぐそばにある雑居ビルの一室でそのあやしい商売は行われているようだった。金があれば、命を売る真似をしなかったのだが、もうあとがなかった。俺は今日食べる食べ物を手に入れるために命を売る。それは正しいことだと思えた。
何かにとらわれたかのような心理状態でなぜか興奮しながらその部屋の前に立った。会社なのだろうか。古びたビルはあまり人が出入りする様子もなく、人ひとりに出会うこともなかった。孤独な雰囲気のビルは寂しいとか孤独という言葉がぴったりの建物だった。
『寿命買い取ります』
部屋の前には不思議な看板がかけてあった。これは、本当にこの世に存在しているのだろうか? そもそも寿命を買い取るなんて科学的に証明は難しい。詐欺会社だろうか? でも、お金をもらえるのなら、背に腹は代えられない。命を背や腹に置き換えるのはどうかとも思うが、今の自分に売ることができるものは寿命だ。それしかない。俺は思い切ってそのドアを開けた。きっとこの扉の向こうにはこわいことがまっているのかもしれない。お金に換金できるのならばどんなことでもやろう。
俺の手は震えていたように思う。きっとヤクザまがいな人がいて、脅される可能性もあるだろう。どう考えても普通の会社ではない。ところが、扉の向こうには、女性がひとり受付カウンターに座っていた。普通の会社員といった風貌の若い女性だった。どちらかというと、受付嬢にいそうな感じの優し気な女性だった。しかも、一人しかいない。小さな会社だが、まさか女性一人だとは予想外だった。
「いらっしゃいませー」
女性は礼儀正しく笑顔で応対した。想像していた強面の男性は一人もいなかった。
「お客様の情報をこちらにご記入くださいませ」
笑顔で女性はボールペンを差し出す。名前、住所、年齢、性別を書きこめばいいのだろうか。俺は住所はないので、空白のまま出した。
「20歳の男性ですね。何年分お売りしていただけますか? こちらが料金表となっております」
にこやかな女性は料金表を差し出した。1か月1万円となっている。1年ならば12万円じゃないか。意外ともらえるなぁと思う。10年分売れば、120万円か。悪くない。俺の心の中は寿命を売ってお金を手に入れるだけで頭がいっぱいになった。平均寿命は80歳だとして、残りの人生は、あと60年あるとしよう。そうすれば、30年売ってもあと30年、つまり50歳までは生きられるぞ。俺の頭の中で計算がはじまる。
カタカタ……チーン!!
計算が終了すると同時に男は決心したようだった。
「よし決めた!! 俺は寿命を30年売って、360万円手に入れるぞ!!」
「30年分売れば、360万円いただけますか?」
「かしこまりました」
女性はパソコンで何かを確認した後、笑顔で現金を持ってきた。
「寿命って売ったりできるものなんですね」
「うちは特別ですから」
世間話をしながら、受領にサインを記入した。
目の前には札束がある。1年働いてもなかなか手に入れられない金額だった。うれしくなった俺は、そのまま紙袋に現金の札束を入れて、鼻歌交じりに帰宅した。換金できたのだから、詐欺ではなかったようだった。
俺はビルの1階の出口にさしかかったころ、急に心臓が苦しくなる。体に異変を感じた。あの部屋で何も飲み食いはしていない。毒を盛られたわけではないはずだ。持病もない。健康だ。
どうして、目の前が暗くなっていくのだろう。どうして、何も聞こえなくなっていくのだろう――。
俺は倒れていく自分を客観的に感じていた。そして、倒れたあとのことは自分でもわからなくなっていた。
「お客様、寿命が尽きたようですね」
受付をした先程の女性がハイヒールの音を響かせながら男の側によって来た。そして、札束の入った紙袋を拾うと、そのまま上の階にある事務所に戻っていく。
女性は死神の力を活かして新しいビジネスを立ち上げたのだった。
先ほどのパソコンには男性の持ち寿命は30年。50歳死亡予定と記録されていた。男性は30年しかなかった寿命を売ったことによって持ち寿命が0年となってしまったようだ。
男が倒れていても誰も気づいてはくれない。女性が歩くハイヒールの音だけがビルの中で響いていた。
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