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帰宅ルートである橋の上。
そこには、手摺から身を乗り出して川底を覗き込んでいる少女の姿があった。
あどけなさの残る横顔に、肩に掛かる少し長めの髪。
白いラインが走る紺色のセーラー服は、引き籠りの彼にも見覚えがあるものだ。
さして珍しくも何ともない、女子中学生と言われる年頃の少女。
少子化の進むこの町内には、中学校は一つしか存在しない。如何に引き籠りの彼でも、制服に見覚えがあるのも当然の話である。
しかしその少女には、普通の中学生と言うには奇妙な点が幾つか見受けられた。
膝丈のスカートからほっそりと伸びた脚には、擦りむいた様な傷や鬱血した痕。
襟や袖に走る二本の白いラインには、部分部分が不自然に薄汚れているのが見えた。
そして前髪から時折覗く目は、おそらく涙で腫れたのだろう。随分と赤くなっていた。
転んだ。
いじめ。
虐待。
寒空の下で制服のみの姿で黄昏ている少女の姿から三つの可能性が思い浮かんだが、本当の理由は分からない。そもそも彼は、知りたいとも思わない。
原因が何であれ関わる羽目になれば、面倒でしかないのだから。
厄介事に巻き込まれる前に立ち去りたい。それが彼の考えである。
しかしそれをするにも問題が有った。
彼が向かう先は、あの少女が立つ橋の向こう側なのだから。
今から道を変えるなんて冗談じゃない。
立ち止まるべきではなかった。
素知らぬ顔で橋を渡ってしまえば良かった。
己の目の良さに舌打ちしながら、彼は後悔した。
(さっさと消えろ)
身を乗り出したまま下を見つめて動かない少女に苛立ちを感じた彼は、遠慮なくそう思った。
何せ時刻が時刻だ。のんびりしていては日が暮れてしまう。
日暮れは厄介だ。この辺りには、街灯など殆ど無いのだから。
彼の気を逆撫でる様に、周囲は刻々と影の濃さを増していく。
一方では、彼の気など知らない少女は、橋から身を半分ほど乗り出してそのまピクリとも動かない。
まるで元からそこに固定されているかの様である。
暫く佇んでいた彼は、遂に痺れを切らして次の行動を決意した。
(無視して帰る。これ一択だ)
声を掛けられても気付かない振りを押し通す決意をし、彼は重い一歩を踏み出した。
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