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薄暗さもあって彼に確かなことは分からないが、橋は高さが4、5メートル程であり、雨季も当に過ぎ去った川の水深は膝下程と思われた。
川底には、大小不揃いな石や砂利が敷き詰められている。
この水深では、水面に叩きつけられたと思う間もなく、川底とご対面だ。
それならば――。
「頭から落ちてみろよ。生身なら、脳挫傷か頸椎骨折で逝けるんじゃないか?」
彼は思ったままに述べる。
すると少女は、自分から尋ねてきた割に驚きの表情を見せた。そして、成る程と興味深そうに呟く。
「そっか。川だからって溺死ばかりじゃないか……」
うんうんと頷き「一瞬で楽になれそうだね」と戯けている。
「――それにしても、思った通り。お兄さんは止めない派なんだね」
「お前が生きようと死のうと、俺には関係ない」
彼が思うままの心情を明かせば、少女はケラケラと愉快そうに笑い出した。
「お兄さん、見た目が不健康で薄幸そうなだけじゃなくて、凄く薄情な人なんだね。
でもまあ……こっち見てた割には心配そうな素振りは一瞬も無かったし、冷たい人なんだろうなって思ってたよ」
ならば何故、話し掛けてきたのか。
忌々しげに舌打ちする彼に、少女は変わらぬ笑みを貼り付けたまま続けた。
「ごめんねー? ちょっとイジワルして、誰かを不幸にしたい気分だったのかも?」
他人を小馬鹿にした様な物言いは、そもそも謝る気など微塵もありはしないのが見え見えである。
彼はそんな少女を冷めた目で一瞥する。
「お前ごときに不幸にされるような夢心地の世界に生きてねえよ。
とにかく、死ぬのか帰るのか他の手段を取るのか、それは自分で決めろ。俺を巻き込むな」
食わなくて良い道草を食う羽目になってしまった憤りを込めて、彼は冷たく吐き捨てる。
「話は終わりだ。後は好きにしろ」
身を翻し歩き始める彼の背に、11月の冷たい川の流れがサラサラと響く。
空は、夕闇がだいぶ迫っていた。
(もう間に合わないな……)
日没前に帰り着くという彼のささやかな願いは、無慈悲な闇色に塗り潰されてしまうのだった。
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