11人が本棚に入れています
本棚に追加
「ちょっと待って!」
「!?」
突然襲った背後からの衝撃に、彼はとっさに橋の手摺りに手を伸ばした。
今度は何だと振り向けば、体当たりのまま彼の背にしがみつく元凶の姿。
彼は先程「後は好きにしろ」と告げたが、その言葉には『引き止めても良い』という意味合いは、当然含めてなどいなかった。
予想外の行動である。
「何のつもりだ、離せ」
不快感を露わに咎める彼を余所に、少女は縋り付く様にしてズルズルと膝を折る。
完全にへたり込むと、小さな身体が震えているのが分かった。
「……ねえ。死んだら、どうなるの?」
「……」
道化の皮が剥がれ、本当は怖いと涙声に心の内を明かす少女。
しかし彼は、その悲痛な問いに答えなかった。
答える必要もないし、言ったところでどうなるものでもないからだ。
『ヒト』はいずれ死ぬ。
誰かを置いて一人で死ぬ。
それが、遅いか早いかだけなのだ。
「……お母さんに会いたい……会いたいよぉ」
無言のまま少女を見下ろしていると、いよいよ本格的に泣き出した。
先程までの皮肉った気味の悪い笑顔の人物と同じとは思えない程、痛々しく無垢な涙が双眸から溢れ出る。
嗚咽混じりに響く声は、心からの悲鳴であった。
(煩わしい……)
それは、少女の泣き声だけが原因なのではない。
風にざわめく木々に混じり、キイキイと騒ぎ立てる声。
泣き声につられて集まって来ては、蔭から遠巻きからと覗き見る不躾な視線。
日はすっかり落ち、忌ま忌ましい逢魔が時となった。
この煩わしさを避ける為に、彼はさっさと帰り着きたかったのだ。
目を閉じても耳を塞いでも、その存在が消えることはなく彼の神経を逆撫でる。
(邪魔だ散れ!)
矮小な野次馬に害意を滲ませ睨み付ければ、それらはサッと身を隠した。
しかしそれでも気は晴れない。どうせまた湧いて来ることを、嫌と言う程知っているからだ。
「おい。お前の母親はどうした?」
苛付きを隠さぬ声で突如問われ、足元で蹲っていた少女はビクリと肩を震わせる。
そして数拍の間を開けてゆっくりと上体を起こすと、顔は俯いたままで、痞えながらもポソポソと口を開いた。
最初のコメントを投稿しよう!