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(不幸のテンプレートだな)
少女の話を聞きながら、彼はそう思った。
何処であろうとあってはならない事件なのだが、彼には何かのドラマや漫画にありそうな『可哀想なお話の一つ』にしか思えなかった。
己の足元で涙を流す悲劇の主人公を見下ろしても、何の感情も抱けはしない。
湧いてくるのは、巻き込まれた不快感だけである。
その為口を衝く言葉も、自然と棘を含んでしまう。
「死ねば母親に会えるとでも思ってふらついてたのか? とんだご都合主義の妄想だな」
「そんなこと言われたって、どうしたら良いかなんて分からないよ! 毎日苦しいだけだもん!」
あまりの言われ様にすかさず噛み付く少女。
「私の味方はお母さんだけだった! そのお母さんを私が守らなきゃいけなかったのに、私は自分だけ隠れてた!」
そして逃げた自分だけが、苦しみながらとは言え生きている。
それが申し訳なくて、たった一人しかいない家族を守れなかった自分に生きる資格があるのかと、彼女は一人で抱え込んでいた。
その結果が、『死ねば会える』『会えれば謝れる』という彼女なりの結論だった。
冷静であれば、それが現実的ではないことなど誰にでも分かる。
しかし少女はそうとでも思わなければならない程に逃げ場を失っていた。
その心情は拠り所となる人物など存在しない彼には、到底理解出来ぬものである。
「それで? お前は死ぬのか?」
「……」
無感情な問い掛けに、少女は黙り込み答えない。
それが、答えだった。
得体の知れない死の先が、やはり恐ろしいのである。
「……お前本当に面倒だな」
沈黙が支配するその場に、溜息が零れた。
「死ぬ気が無いのなら帰れ」
無関心を通り越していっそ残酷にさえ聞こえる彼の言葉。
どこかで甘い同情を期待していた少女は、語気を荒げて彼を睨み付ける。
「人の話聞いてた!? あんな家に帰れる訳ないじゃん!」
「お前こそ話は最後まで聞け。要するに、その生き地獄から抜け出せればご満足なんだろ?」
「は? 簡単に言わないでよ。今日会ったばかりのお兄さんに、何が出来るって言うの?」
周りは誰も気付いてくれなかった。
もしくは関わりを避ける為に、気付いていても見ない振りをしていた。
そんな思いから、少女は嘲る様に疑問を投げ掛けた。
「俺は何もしない。お節介野郎に丸投げだ。それが巧く行かなかった時は、諦めて猫みたいにひっそり消えて死ね」
「何それ……無責任」
「俺がお前の生死に責任を持つ義理があるか? 第一、お前の為じゃない。俺は、ただ早く帰りたいだけだ」
怒りを通り越して呆れる非難の声など意に介さない。
彼は清々しいまでの非道な主張を終えると、何処かに電話を掛け始めた。
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