= 起 =

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= 起 =

 お使いの用を押し付けられた彼は、手にエコバッグを下げ帰路を急いでいた。  時刻は16時を回った頃という、まだ充分早い時間。しかし11月半ばの西の空は、既に茜色と藍色のグラデーションで塗り潰されていた。  しかも年月を感じさせる細い道には、ろくに手入れもされていない雑木林が立ち並んでいる。  その為に一帯は、本来の明るさよりも薄暗くなっていた。  鬱蒼とした道を歩く彼が願うことは、ただ一つのみ。 (早く帰りたい……)  何せ彼は元々、外出が好きではない。それどころか嫌いなのだ。  引き籠りと揶揄されようとも、他人に無関心な彼にとってはどうでも良いことであった。  とにかく彼は、煩わしさで溢れる『外』が、大嫌いなのである。 (調子に乗るなよ。自分の用事は自分で片付けろ)  故に、出不精の彼の考えを知りながら面倒事を押し付けた同居人への悪態が、自然と脳裏を過ぎって行く。  そこに、本来ならば気に留める意義など全く見い出せない小さな塊が視界に入ってきた。 「……」  偶々そこに存在しているだけで、何の意味も無いソレ。  しかし今は違う。  こんな物ですら、彼にとっては煩わしい。 (消えろ)  斯くして。  爪先で無慈悲に蹴られた小石は、低く放物線を描いて古びたアスファルトに着地する。  そして、殺せなかった勢いでそのまま転がり続けると、薄暗い雑木林の中へと消えていった。  その末路を見届けることなく、彼は歩き続ける。 (あの野郎、帰ったら必ず張り倒す)  冷たい風が頬を撫でても、怒りで沸く熱は冷めることがない。 『今日は卵の特売日だから宜しく~』  同居人により突然言い付けられたお使い。  あまりにも下らない用件だった為に無視していたが、抵抗も虚しく羽交い締めにされ、彼は外の世界へと放り出されてしまったのだった。  風に揺れる草木のざわめき。  遠くから聞こえる鴉の鳴き声。  それすら気に障る。 (……耳障りだ。気分も悪い。早く寝たい)  同じ年格好の男性に比べて華奢な彼は、不快な気持ちを振り切るかの様に細い脚で歩を速めた。  もう少し歩けば、住まいまでの距離は三分の一程。急いでも時間にすると20分は掛かってしまうが、運転免許の類を何も持っていない彼は、ひたすら自力で進むしかない。  それに言い換えれば、あと20分我慢をすれば、このお使いから解放されるのだ。 (あと少し……)  あと少しで雑木林が一旦途切れ、幅が10メートルもない川に着く。そこの古ぼけた橋を渡って、道なりに暫く歩く。  目的地は、そう遠くはない。  ところが。 (勘弁してくれ……)  目的の橋の上の人影に、彼は嫌な予感を感じ取り歩みを止めた。
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