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或る朝の衝撃。そして二人は途方に暮れる ③
***
優(仮)の美佳は出て左二件隣りに向かって走り出し、美佳(仮)の優は右二件隣りに向かって門扉を通った所だった。
お互いを見た瞬間、一瞬固まってどちらかともなく心底嫌そうな顔をした。
目の前には十七年間慣れ親しんだ自分がいる。何とも奇妙な光景。
このタイミングで同時に出てくるなんて、嫌な予感は的中だったらしい。
美佳は “美佳”に向かってズカズカと歩き出し、もの凄い剣幕で怒鳴りつけた。
「ちょっと!! なんて格好で外に出てくるのよ。胸開けてるじゃないッ!」
どんな寝相よ、そう言って開けたパジャマを直していると、“美佳”に胸を突かれた。
「“優” で女言葉使うな。気色悪いッ!!」
「だってあたし女だもん。そう言う “美佳” こそ男言葉じゃない」
「ああッ!? 何おまえ俺に意見すんの?」
優に凄まれ一瞬怯んだ。が、目の前にいるのはどうにも睨みが決まらない “美佳” なわけで、自虐的にも思わずぷっと吹き出した。
「ダメだよ優。“美佳” じゃ怖くない」
「……」
ぱっかり口を開けて “優” を見上げると、優はがっくり項垂れてしゃがみ込んだ。
(ゆ…優に、初勝利…!?)
整った顔で冷ややかに睨まれる度に、委縮して反論できなかったこれまでが嘘みたいだ。緊張感がない “美佳” の顔だからってのが、複雑な心境にさせるけど。
美佳は心中でガッツポーズし、“美佳” の後頭部を見下ろすと不思議な気分になる。
(へえ~。あたしってこお見えるんだ)
暢気に眺め下していて、次第に“美佳” にイラっとしてきた。眉を寄せて自分の前にしゃがむと、思い切り開かれていた脚をいきなり閉じた。膝に両腕を預けてがっつり項垂れていた “美佳” は、バランスを失って “優” の膝に倒れ込み、額を強かに打ち付けた。
しばしの沈黙が落ち…。
「ッ…てーッ! いきなり何すんだ!?」
涙目の “美佳” が額を押さえ、上目遣いで “優” を睨んだ。美佳は鬱陶しそうに額の手を払い、「あたしの顔~っ」と心配そうに撫でる “優” を優が憮然と見た。
「あ~赤くなってきたぁ」
「おい。俺の膝はどーでもいいのか?」
「あんたの膝よりあたしの顔よ」
「どうせ大した顔でもなし。てか気持ち悪いから止めろ」
額を擦っている “優” の手を払い除け、すっと立ち上がった。
(冗談じゃない! “優” が “美佳” に優しいなんて、構図的にどう見たってキモ過ぎんだろッ)
六年だ。その間、こんな風に美佳に接して来た事などなかった。
払われた手を眺め、美佳は深いため息を漏らすと膝を抱え込み顔を伏せた。すすり泣く声が聞こえ、優はうんざりと「頭がおかしくなりそうだ」と呟いて、自分を眺め下す。
何でこんな事になっているのか、誰か答えを知っているなら教えて欲しい。
犬の散歩をする中年女性が、土曜の朝っぱらからパジャマ姿で路上にいる二人を訝し気に見ている。
優はつま先で美佳のサンダル履きのつま先を軽く蹴った。
「おい。今後の対策、立てるぞ」
顔を上げた自分の泣き顔に優は舌を打ち、眉をひそめて美佳を引っ張り上げた。
それはゴールデンウィークも過ぎた五月晴れが清々しい日の事だった。
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