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二人のしょうもない攻防戦は、どちらに軍配が上がるのか? ①
***
一週間も経つと、否が応でもこの入れ替わりに馴れて、美佳がトイレで卒倒しかける頻度も減ってきた。
とは言え、男性のシンボルに触ることに未だ拒絶反応があり、優の格好の餌食と言う図式は相変わらず健在だ。
“優” が女っぽいのも “美佳” が雄々しいのも周囲も見慣れたと言うか、感覚が麻痺して来たと言うか、そして二人のケンカは日常の光景として受け入れらている。
本当にこの二人の仲の悪いことと言ったらない。まるで子供のケンカだ。
最初こそ仲の悪さ故に “美佳” が “優” を階段から突き飛ばし、“優” がおかしくなったと真しやかに囁かれ、鵜呑みにした女子から猛攻を食らった時には“美佳”がぶち切れたが、“優”の「寝惚けてて勝手に落ちた」発言で呆気なく収束した。
しかし。
何で自分で自分を突き落としたと責められるんだ、と人には説明出来ない優の憤りは半端なく、諸悪の根源の美佳に、怒りの波動が向かったとしても仕方のない話だった。
その怒りの矛先が、美佳の嫌がることに終始しているのだから、本当に始末が悪いったらありゃしない。
美佳の部屋に呼ばれても行かず、家にやって来ても通さず、優に勝った気でいたら電話で自慰行為のライヴ中継をしてくるわ、動画をメールで送って来るわと“美佳”を凌辱し放題やってくれてる。その度にまんまとおびき寄せられるのだ。
こんな事の為に連絡先を教えたんじゃないのにと、後悔は先に立ってくれないのがつくづく残念だ。
そして悲しいかな。男の部分が反応してくれるから、恥ずかしいやら悔しいやら情けないやらで、涙にくれる日々が続き、かと言って自分で処理するなんてことは以ての外だから、ある日の朝方に目を覚まし、美佳は奈落に叩き落とされることになった。
(何が悲しくて……)
さっきまで見てた夢は、かつての自分が自慰行為を貪る光景。
(自分に欲情するなんて、不毛過ぎる)
「…はぁ」
複雑な顔でため息をつき、項垂れた。
体は、主に下半身がすっきりしてる。もう嫌になるくらい軽い気がする。
目が覚める直前に感じた腰の痺れと解放感。
だがしかし……。
布団を捲り、スウェットの向こう側を想像するだけで、背筋が寒い。
いや。寒いのは背筋だけじゃない。
(…現実問題として……冷たくなってきたコレを…どうしろと?)
このまま穿いている訳にもいかないし、脱いでどうしろって言うんだ。
(や…洗わないといけないのは解ってるんだけど……解っちゃいるのよ?)
誰に弁明してるんだと自分にツッこんで、どっと疲れた。
けど、このまま他の洗濯物に紛れ込ませるわけにもいかないだろうし、せめて水洗いは必要なんだろうけど、やっぱりそれを紛れ込ませるのも罪悪感が残る。
(優に聞く? ……いやいやいや。絶対に付け込まれる)
その様子が目に見えるようで、大きく身震いした。わざわざ餌になる必要はない。
そうこうしているうちに放出されたものが、どんどん沁みて行く。
「やっぱ優に……」
スマホを手にして、止まる。
(やっぱ、聞く勇気…ない)
生理の伝い漏れとかだったら夜中であろうと何だろうと、ガラガラ洗濯機を回してしまうんだけど、それはバレる相手が女同士だから気兼ねなく出来るというもの。
美佳はハッとする。
指折り数えてにんまり笑い、スマホを手に取って優に掛けた。
これがなかなか出なくて諦めかけた頃、超不機嫌な声が聞こえる。
『てめえ。今何時だと思ってるんだ』
枕元の目覚まし時計を確認し、
「四時前だね」
『だねじゃねえだろ。ろくでもない用事だったら、シバキ倒しに行くぞ?』
本当に来そうだから怖い。
実は、と口を開いたものの、そこから言葉が出て来ない。痺れを切らした優が電話を切ろうとして、美佳は「助けてッ」と縋った。
美佳に助けを乞われて満更でもない様子の優が、珍しく優しい声で「何?」と訊いて来た。
「じ…実は、む……」
『む…?』
「む…………精をしてしまいまして」
『ぶッ』
電話の向こうで思い切り吹き出し、『だから定期的に出せって言ったろ』とゲラゲラ笑ってる。
「あんた、ほんと鬼よね。あたしが真面に触れない事知ってて」
『お前贅沢だよな。ソレに触りたがる女差し置いて触り放題なのに』
「優じゃあるまいし。触りたい人だけ触れば……ってダメじゃん。今あたしなんだから」
『美佳堪え性ないもんな。触られたら瞬殺…ってそれじゃ俺のプライド地に落ちるだろうが』
「プライドって何のプライドよ。バカじゃない?」
『女がイク前に男が先にイッたら相手が興ざめだろ。まあ処女の美佳じゃ分かんないだろうけど』
「処女言うな。そんな事より、パンツどうしたらいい? 水洗いはするけど」
嫌だけど、と呟くと優がまた吹き出した。
(笑っていられるのも今のうちよ)
むっと口を尖らせながら、収まるまで待った。恐らく向こうでは笑い涙を拭っている事だろう。
ようやく笑いが止まった優は、まだ少し苦しそうに声を震わせながら口を開いた。
『水洗いしたら洗濯機にでも放り込んどけよ。訊かれたらそのまま答えるもよし、何かぶっ掛けて汚したって作ってもよし。あー笑かして貰った』
「そのまんま言えるわけないじゃん」
『まあこれからはお粗相がないように抜いとくんだな。なんなら “美佳” の手で抜いてやるか?』
「あたしの手をそう言う事に使わないでよっ」
『今は俺の手だしぃ』
揶揄う色の濃い笑い声。この調子でまた “美佳” に悪戯しかねない。今ここで少しでも気を殺いでおかなければ。
「あ、優。多分二~三日中に“美佳”生理来ると思うんだ」
『……』
「“美佳”ってば生理痛酷いし、二日目三日目は殺人的な出血量だから、ごめんね?」
ざまあ見ろとばかりにほくそ笑む。
何か一矢報いた心境だ。
美佳は久々に留飲が下がり、電話の向こうの優を想像して口端を緩めた。
「ねえ。ここに居る“優”は美佳なの?」
突然の問い掛けに、ぎくりとしてドアの方を見た。
仄かな明かりの中に見える姿は……。
「え…恵莉……ちゃん?」
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