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土曜日の対策会議と危ない二人。主に“美佳” が。②
***
上半身裸の “美佳” を見ながらさめざめと泣く美佳は、現在、彼女の身体の所有者が大嫌いな幼馴染みであることに、憤りをぶつける。
「何で優があたしの体を乗っ取ってるのぉ。あたしが何したって言うの!? 優なんかのいいように弄ばれて、犯されてる感じよ!」
自分でも意識して触ったことのない部分を、優は実に楽しそうに陵辱して美佳に見せつけた。見慣れた自分の筈なのに、上気するその顔がやたら色っぽくて、羞恥心を嬲られて体が反応し、女であるうちに経験したことがなかったオーガズムを強引に優にもたらされた。
片膝に頬杖を着いた優が鼻でせせら笑い、美佳と目が合った途端に右の乳房を下から掬って握る。手の中で形を変えた乳房の頂を軽く抓んだ卑猥な指先に、美佳はザワりとした。
「止めて。触らないで」
「それは無理があるだろ。いま“美佳”は俺なんだし。トイレも行くし風呂にも入る。それとも垂れ流して、不衛生極まりない生活を送れと?」
やれやれとため息を付き、意地悪な目をして顔を覗き込んでくる。
「ただでさせデブ、ブス、馬鹿の三重苦なのに、更に不潔となったら完全に女終わるよな」
ニヤニヤ笑っている優をぶん殴ってやりたい。“美佳” でなければ。
ぐっと堪えて優を睨み据え、
「一応標準だし、優が言うほどデブじゃないもん。顔だって優に比べたら数段に落ちるけど十人並みだし、頭だって同じ高校じゃんか!」
それで優に迷惑を掛けたか、と言おうとして止めた。いまそれ言ったら、再起不能まで追い詰められること間違いない。
悔しさに頬を膨らませる。優は肩眉を上げて美佳を見ると、「限りなく肥満に近い標準」と言ってウエストをぐにっと掴んだ……抓んだんじゃなくて、掴んだ(泣)。更に頬に手を当て、
「殆ど手入れもしていない顔に、下から数えた方が早い成績。これの何処に開き直る要素があるんだ? しかもこの俺がこれから付き合っていかなきゃなんない体とかって、軽く死にたくなるわ」
腹立たしい、と氷のような目で美佳を見た瞬間、ぶるるっと震えてくしゃみをした。
(いつまでもそんな格好でいるからよ)
内心舌を出して小馬鹿にしていると、何かを察知したかのように優の手刀が頭頂に落ちた。さっきはお尻を蹴られ、今度は頭か…。
(…アンタ自分の体にも容赦ないですね)
中身が美佳だからだろうか?
なんか釈然としない。
「早く服着たら? 風邪ひくじゃない」
引き出しから着替えを取り出し、振り向きざまに差し出した。優はしゃがんでいる“優”をしげしげと見降ろし「シュールだよな」と受け取った。
本当にシュールな光景だと思う。
「ちょっと優!」
「何だよ」
「ブラしてよ。渡したでしょ」
ブラをベッドに放り投げて、いきなりカットソーに袖を通した優にストップを掛けた。彼はじっとブラを見て、美佳に目をやる。
「外すのは得意だけど、したことはないな」
「…そうですよね」
したことがあったら、それはそれでちょっと怖い。
優のそんな姿を見てみたいとも思うが、“優” で試すつもりはない。
美佳はブラに手を伸ばし、その手を見て「はあ~」と大きなため息をついた。節張った男の手が何ともやるせない。
(…どんどん汚されてく気がする)
“美佳” にやらせても、“優” がやってもどちらにしろ心のダメージは大きい。
(だからってノーブラはなぁ)
やや大きめのバストをしているから、ノーブラが見た目で分かってしまうのは、余計な視線を集めてしまって頂けない。
がっくり項垂れ、「どーすんだよ」って言って不貞腐れた顔の “美佳” を上目遣いに見た。もう一度ため息をつき、美佳はブラジャーを手にすると、「優でも出来る着け方教える」と “美佳” の背中に手を回し、前でホックを止めて後ろに回す。
「でストラップに、はい手を通して……ちょっと前屈みになって」
“美佳” の肩を引いて前傾姿勢にすると、手を見詰め「ああヤダッ」と不快を露わにした。
「なんで “優” の手でこんな事しなきゃなんないのッ!?」
「知るか」
今日何度目かの涙目でカップに手を突っ込み、乳房を綺麗に中に収めた。
「ふ~ん」
眺めていた優の不思議そうな声。
「ふ~ん、じゃないから。ブラする時くれぐれも変な事しないでよ!?」
「変な事って?」
ニヤリと笑って、優は今度こそカットソーに袖を通した。ずいっと “優” に詰め寄り、
「変な事って何だ?」
「へ…変な事は変な事よッ」
「だから何なんだよ。変な事って」
言わせようとする揶揄う笑みを含んだ瞳。美佳が唇を噛んで恨めしげに見、「もおいいッ!」と吐き捨てるように言うと、「へえ~。いいんだ?」と優が喉を鳴らして笑った。
(なんでなんでなんでッ!! こんな陰険な奴と入れ替わらなきゃなんなかったの!?)
唸っている美佳が心底愉快そうな優は、パジャマのズボンを脱いで放り投げた指を美佳に見せつけるようにグニグニと動かし、きょとんと見詰めた彼女の前で秘所に触れた。
驚愕した “優” の手が、“美佳” の手を取り押さえると、さらにその手を押さえつける“美佳” の手。
「お願いですから止めて下さ~い」
哀願する美佳をせせら笑う。
このクソ意地悪い優をどうしてやろうか頭を巡らせてると、ノックとともにドアが開いて二人は振り返った。
「美佳、いつまで……」
言った母が入り口で固まった。そしてその母を見て二人も固まった…のは一瞬。
慌てて離れ、“美佳” がジーンズに足を通しているのを見やり、「二人とも、仲直りしたのね」間違いなくとんでもない誤解している母が、にっこりと笑って訊いて来た。「してない」と言った“優”と「した」と言った“美佳” の声は同時に発せられ、眉をひそめた母に今度は逆の事をまたも同時に言って、沈黙が降りた。
絶対に何かあったと……実際あったけども、二人を交互に見る母の胡乱な眼差しが痛い。
下半身パンツの娘が、優に迫っていたとしか思えない構図だったと思う。そしてこの場合、怒られるのは男の “優” なわけで。
(……最悪だぁ。あたし悪くないのに)
諦め混じりに覚悟して、消えてしまいたいと心から願った。
優が肩で美佳を小突くと、「話を合わせろ」と口も動かさず囁いた。
器用ですね優さん、と感心しつつ頷くと、“美佳” が腕を組んできて「仲直りしたから」と美佳の口真似をしてにっこり笑った。「ねっ?」と笑顔で同意を求める瞳の奥に、黒いモノを見つけてしまった。もう一度「ねッ!?」と念押しされて、反論は叶わないと悟った。
「仲直り…しました」
言いたくない言葉を絞り出し、引き攣った笑いを浮かべると、母は安心した表情になった。
「優くんが美佳でいいなら別にいいのよ」
「…はははっ」
思わず乾いた笑いが漏れた。
母の言わんとしている事が何なのか、考えるだけで号泣できそうだ。
(娘を持つ母親として間違ってるからお母さんッ!!)
しかし心の叫びは母には届かず、「お邪魔様~」とご機嫌で出て行ってしまった。
隣で優がぷっと吹き出した。
「母親にあっさり売られるお前って、可哀想な奴だな」
「……あんたが言うな」
じとっと優を見ると、彼は眉を持ち上げてお茶らけた笑みを浮かべた。
「まあそうだな。売られたのはこの体だもんな」
「ったく。どーゆーつもりよ。仲直りしたなんて嘘ついて」
「やっぱ馬鹿だな。こんな状況だからだろ。俺は女でも卒なくやってけるけど、問題はお前だよ。元に戻れた時に、俺が困らないように監視しとかなきゃならないからな」
悪びれない優に絶句した。
(分かってたけどね。優がこーゆー奴だって。けどあんたよりはずっと大人しく慎ましやかに過ごせるわよ。バーカバーカ)
反論する気力は失せても、心中で悪態をついて中指を立てる。
ベッドに体を投げ出すように腰かけて、優は足を組んで美佳を見上げた。
「元に戻れたあかつきには、今まで通りって事で」
「一時でもあんたと仲良くしたくない」
「表向きだけの話だろ」
そうだ。状況を誰かに説明できない以上、唯一の味方は認めたくなくても優しかいない。優にしか話せない。
(ひっじょーに不愉快だけどさあ)
本日何回目だかもう分からないため息をついて、元に戻れたら一泡噴かせてやる、と出来もしない事をつらつら考えて、自分を慰める美佳だった。
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