土曜日の対策会議と危ない二人。主に“美佳” が。③

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土曜日の対策会議と危ない二人。主に“美佳” が。③

 ***  “優” が美佳の部屋に来てかれこれ二時間経つ。  膝を抱えて顔を伏せる美佳を眺め、優は苦虫を噛んだ顔をした。  美佳の母親が恐ろしくとんでもない誤解をし、その誤解は優の母親にも飛び火するだろうことは目に見えて明らかだった。それが今の美佳を悩ませているようで、さっきから何度もため息をついてはぶつぶつ言っている。  幼馴染みの復活を通り越して、一気に進展した―――ように見えたはずだ。  “優” の手を取って秘所に触れさせていた現場を目撃され、何にもありませんでしたと言う方が無理があるし、あそこで母親の乱入があると予測していなかった自分にも落ち度がある。とは言え、本当に面倒だ。 (俺には女を選ぶ権利、あるんだけどな……は~あ)  この場合ちょっと意味が違うような気もするが、入れ替わった相手が美佳だってのは正直不満だ。 (美佳じゃなあ…)  どうせならもっといい女で、男を知っていたなら楽しみようもあっただろうに、彼女相手では “美佳” に悪戯し、本気で嫌がる美佳で留飲を下げるくらいしか使い道がない。  折角、女の快感と言うものを体感できるチャンスだって言うのに、“美佳” がモテている所を見た事ない。それどころか男子の友達も皆無だ。だから未だに処女なんだろうが、それではこっちが欲求不満になりそうだ。 (俺が清く正しく処女守るとかって、絶対無理っぽいんだけど)  手頃なのをどっかで物色してヤルのも有りだと優は思うのだが、その後に元に戻った場合を考えると、美佳は確実に鬱陶しい存在となり得る。  結果。一人遊びが一番妥当で、間違いない。 (だから何で処女なんだよ。使えねえなぁ)  ベッドの上で胡坐を掻いていた優は、唐突にチェストを漁り始めた美佳に目をくれた。引き出しから缶箱を取り出し、蓋を開けると部屋中に花の匂いが立ち込める。 (そう言えば、この香りで今朝目が覚めたんだったっけ)  落ち着くラベンダーの香り。  美佳はサシェを一つ出して、ズボンのポケットに突っ込み缶を元に戻した。 「何するんだ?」 「持ってく。“優” の部屋に戻って寝るわ。何か疲れちゃった。目が覚めたら、全部夢かも知れないし」  本当にこれが夢だったらどんなに良いか。  自分が “美佳” だなんて冗談みたいな夢だったら……。  そこで優はある事にやっと気が付いた。冷静でいるようで、結構動揺していたのかも知れない。 「なあ美佳。昨夜俺が着たスウェットと違うんだけど?」 「……え?」  振り返った美佳の目が泳いだ。 「そ…そんな事ないでしょ」 「いいや。あるね。昨日は黒のスウェットがローテだったんだ。間違いない」 「何ですか、その拘り」  美佳の目をじっと見入ると、彼女はすっと顔を背け、「行こうかな」と立ち上がった。 「待て」  呼び止めると、あからさまに怯えた顔で「じゃ」と手を挙げて出て行こうとする。優はベッドから飛び降り、美佳の背中を鷲掴んだ。 「み~か。何があったのか説明できるよな?」  肩越しに振り返った美佳は、ぷるぷると頭を振って「何にもないってば」と顔を引き攣らせた。優は確信の笑みを浮かべ、腰に腕を回して顔を見上げる。 「そーいや今朝トイレ行けたのか? あんなに嫌悪してたのに」 「ひ…ッ」 「朝勃ちしてる時の小便、お前どうしたのかな?」 「お…おっしゃってる意味が解りません」 「下向かせることが出来たのかな?」  にっこり笑う優に、心底怯えた美佳が土下座した。  朝起きてから着替えるまでに至った経緯を聞き、優は深いため息を漏らした。  階段から滑り落ちた時に、漏らさないでくれて助かった。もしそんな事になっていたら、一生姉の恵莉のネタ話になるところだった。 (極限まで我慢する美佳の気が知れんわ…)  そこまでして触りたくないって言われるのは、地味に傷つく。が、美佳にイチモツを気に入られるのもまた微妙だ。  複雑な男心など全く気にも留めていない美佳が「そー言えばね」と何かを思い出したようで、優は首を傾げて見やった。 「お風呂上がりに恵莉ちゃんがいきなり入って来て、優の……見て…鼻で笑ってた」  衝撃の告白に、頭を鈍器で殴られたようだ。 (……恵莉に見られ、(あまつさ)え鼻で笑われただと…?)  ふつふつと怒りが込み上げ、優は “優” の膝裏にローキックを入れた。美佳は為す術もなく膝を折り、背中を突き飛ばされて床に倒れ込むと、背中に “美佳” が跨ってヘッドロックを仕掛けた。 「お前、殺されたいのか?」 「ギ……ギブギブ」  海老反りになった “優” が床をタップする。 「恵莉なんぞに見せやがって! 言っとくが鼻で笑われるようなお粗末なモンじゃないからな!!」 「た…んまたんまッ。あたし基準分かんないって」  ヘッドロックする “美佳” の手を外し、涙目で咳き込んだ。  まあ言われてみれば尤もだ。男を知らない美佳に大きさ云々言ったところで、意味を要さない。  それにしても、このまま美佳に “優” を任せるのは、とてつもなく不安だ。 「他に俺に話してないことないだろな?」 「た……多分…?」  ぴくりと眉が上がった。 「多分だと?」 「頭ン中一杯一杯で、とにかく優の確認取るしか考えてなかったもん」  他に何かやらかしてないか、覚えている余裕なんてなかったと美佳は口を尖らせて言った。  確かに、優も慌てて家を飛び出した。  俯せで頬杖をついた “優” が、背中に跨がった “美佳” を肩越しに振り返って、悲しそうに眉を寄せた。 「元に戻れるのかな?」  呟きに優も眉をひそめた。  そもそも何でこんな事になっているんだか、原因が分からないから元に戻る方策も浮かばない。 「さあな」  最悪戻れない時の事も視野に入れて、今後のことを話し合う必要がある。  戻れないなら戻れないで諦めるしかない。でももし戻れるななら、この先の未来を思い描くことが出来る。  もしさ、そう言った美佳が腕枕に頭を預け、尻目に優を見た。 「このまま戻れなくて、何年後かにお互い結婚したとするじゃない?」 「結婚できる気でいるのか。ビックリだわ」 「うぅ…うるさい。だから例えばの話よ。話の腰を折らないで」 「はいはい。で? 結婚したとして?」 「いきなり本当の自分に戻ったら? 好きでもない人と結婚生活は続けられると思う?」  真摯な眼差しで美佳が訊いてくる。  見てくれは “優” だし、美佳がその気になったら結婚は出来るだろうけど、まずは男の自分を受け入れられるのか聞いてみたい。  それとも何年も経ったら、さすがに受け入れざる得ないのか。 「俺は…お前が美人で感度のいい女と結婚してくれたら、まあ問題なくやってけるな。お前の相手は、体の相性がいい奴を選んでやるから安心しろ」 「なっ…!」  体をわなわなと震わせ、真っ赤な顔で睨み付けてくる美佳。優はふんと鼻を鳴らし、 「尤も。いつ戻れるかも分からない状態で、結婚する気になるか疑問だけどな」 「……そうだよね」  二人とも性同一性障害(トランスジェニック)だったら、これはチャンスとばかりに結婚するだろうが、残念ながらそんな障害はなかった。 「そんなことより、ルール決めよう」  優がやっと “優” の背中から退けると、美佳はのっそりと起き上がって、ぺたりと座る。正座を崩したいわゆる女の子座りに、優は「その座り方止めろ」と蹴りを入れた。
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