2.

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 伊織が立ち上がった。「帰るよ、朔夜」と言う。  すると、「まあまあ、そう急ぎなさんな」と後藤さんが待ったをかけた。 「なに、ボス。まだなにかあるの?」 「伊織さん、それに朔夜君もだ。一緒に写メを撮ろう」  いきなり馬鹿みたいな提案だ。なにが目的なのかわからない。いや、きっと目的なんてないのだろう。そういうわけのわからないところがあるジジイ。それが後藤泰造という男だ。  後藤さんが言う。部屋の真ん中に進み出ながら、「さあ、ほら、おいで」って。俺は眉間に皺を寄せながら伊織を見る。伊織は小さく肩をすくめて見せた。乗り気ではないのだろうが、仕方がないと踏んだらしい。伊織さんよぅ、もっとしっかりしてくれと言いたくなる。俺は伊織と出会ってから、いろいろと妥協するようになったと思う。  俺と伊織は我らがボスの顔を挟む格好で頬を寄せた。当の後藤さんときたら嬉しげかつ楽しげに「それじゃあ行くよー。はい、チーズ」とパシャリ。スマホのディスプレイを確認して、「うんうん、よく撮れてる、よく撮れた。いいね、いいね」とご満悦の様子。「早速、壁紙にさせてもらうよ」と嬉々とする。マジかよ、我が上司。無邪気すぎて吐き気がするんだが?  いよいよ伊織が退室しようとする。  そこをまた、後藤さんが呼び止めた。 「ボス、今度はなに?」 「いやね、伊織さん。いい加減、あの小さな黄色い車は処分したらと思ってね」 「足回りは強化してるし、まめにメンテにも出してる。そのかいあって、とってもきびきび走ってくれる」 「だけど、最高速度なんてたかが知れてるだろう?」 「私はあのコのフォルムが気に入ってるの」 「あのコって言うあたり、本当に好きなんだね」 「そういうこと」  部屋から出ていく伊織。俺もそれに続く。  廊下を進みつつ、「後藤さんの意見にも一理あると思うぜ?」と、やんわりスイフトスポーツのことをディスってやると、「うるさい」という一言だけの回答が返ってきた。 「しつこく言うつもりはねーよ」 「だったら、黙ってな」 「へいへい」  まったく、伊織さんってば、おっかないのだ。
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