3.

4/6
前へ
/166ページ
次へ
 ふと、橋本さんが苦笑じみた表情を浮かべた。なにについて考えを巡らせているのだろうと思考した末、ひょっとしたら別れた旦那のこと、あるいはそいつと暮らした日々を思い出しているのかもしれないという結論に至った。だから素直に、「なんか、すみませんッス」と謝罪した。 「えっ?」 「いや。嫌なことを思い出させちゃったかな、って」 「そんなことありません。考えすぎです」 「そうスか?」 「はい」 「では、えっと、いただきますッス」 「お口に合えばいいんですけれど」  橋本さんはそう謙遜したけれど、じゃがいもはほくほくしていて美味い。出汁もイイ感じだ。香り高い。ちくわもかまぼこも実にイケている。サラダのフレンチドレッシングはノンオイルっぽい。健康志向なのだろうか。きっとそうなのだろう。  そもそも、どうして橋本さんと仲良くさせてもらうことになったんだっけと思い返す。  俺はもうこのマンションに三年も住んでいる。一年ほど前に橋本さんと元英が越してきた。最初はエントランスや通路で出くわすたび、会釈をする程度の間柄だった。要するにただのお隣さん同士でしかなかった。  ああ、そうだったと思い当たった。  ユニクロで服を買って電車に乗り、最寄りの駅に着いた途端、雨に降られて、近所のコンビニで傘を買おうか、それとも濡れて走って帰ろうかと迷っていた時に、後ろから橋本さんに声を掛けられたのだ。 「一緒に入っていきませんか?」  にこやかな表情で、とても優しい口調だった。折り畳みの小さな傘だったので、身を寄せ合うようにして歩いた。変態的な話かもしれないけれど、彼女がまとっていたほどよく甘いコロンの香りは今でもよく覚えている。久々に女の匂いを嗅いだようにも思えたものだ。その時にはすでに、毎日、伊織と一緒にいたわけだけれど、アイツは別だ。キツい性格でけんかもえらく達者な奴さんを女として扱うのは無理がある。
/166ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加