22人が本棚に入れています
本棚に追加
/166ページ
なかば唖然としながら一部始終を見守っていた私は、男に近づき「あんた、誰……?」と尋ねた。男は「あんた呼ばわりすんな、JKが」と舌打ちまじりに、不機嫌そうに答えた。
「JKじゃない。理沙。草薙理沙っ」
「誰もテメーの名前なんざ訊いちゃいねーよ」
突然だった。
レイプされそうになったこと。その事実が怖くて怖くて怖くてしょうがなくなって、脚ががたがたと震え出した。立っていることすらままならなくなり、体を支えようとして思わず男の体に抱きついた。服の上からでも筋骨隆々なのがわかった。とてつもなくマッチョだ。分厚いタイヤみたいな体だ。
「……ありがと」
「ああ。運がよかったな、JK」
「だから、JKって呼ばないで」
「JKはJKだろうが」
「あんたはいったい、何者?」
「あんたって呼ぶな。くどいぜ」
「ねぇ。何者なの?」
「警察官みてーなもんだ」
「おまわりさんとは違うの?」
「ちぃとばかし違ってる」
「じゃあ、なんていう組織のニンゲン?」
「組織とか、アホかよ。言うか、んなこと」
「どうして教えてくれないの?」
「秘密だからだ」
「秘密?」
「ああ、そうだ、秘密だ。とにかくそういうことなんだよ」
「あのさ」
「あん?」
「LINEしよ?」
「ああん?」
「こうして巡り会えたのも、なんかの縁じゃん」
「めんどくせーのは御免だ」
「ちゃんとお礼したいの。ご飯くらいは奢りたいの」
「JKに施しを受けるほど貧乏じゃねーよ」
「いけず。意地悪」
「ああ。俺はいけずで意地悪なんだ」
「じゃあ、メアドでいいから教えて?」
「やだね」
「教えて」
「やだっつってんだろうが」
「教えてっ!」
「デケー声出すな。ガキの女の声はキンキン響いてうっとうしいんだ」
「もう一回言う。教えてっ!」
「ああ、くそっ。ガキってのは、なんでこうもうざってーんだよ……」
嫌気が差したような男ではあるけれど、メアドを教えてくれた。いや、教えてくれたっていう表現は正確じゃない。だって、早口で諳んじただけだったから。
「うん、わかった。覚えた」
「嘘つけ」
「名前は? なんていうの?」
「なんだっていいだろうが」
「答えて。じゃないと離れないからっ」
「ああ、ちくしょう。ホンジョウだ。ホンジョウ・サクヤ」
「サクヤ?」
「いきなり呼び捨てにしてくれんな。オラ、離れろよ」
言われた通り、私はサクヤを拘束していた手を解いた。
それから彼を見上げて「えへへっ」と笑った。
サクヤ、サクヤ、ホンジョウ・サクヤ。
そのマッチョさ、やり口からは想像もつかない識別子だ。
ホント、美しくて綺麗な名前だ。
いい感じの響きだ。
ちょっと忘れられそうもない。
最初のコメントを投稿しよう!