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「あっ、所長から連絡」  部屋の白い壁一面に、中年男性の顔がでかでかと投影される。丸顔の髭面。お世辞にも男前とは言えないが、心優しいおれたちの上司だ。 「どうしました、所長」 「何か、あったんですかー」 「二人とも仕事は順調。いやー、ちょっと困ったことになってね。あのー…」 「あっ、何かめんどくさい感じがするので、大丈夫です。いま仕事中なんで切りますね」と、カスミさんはそっけない。  見るからに人の良さそうな所長は慌てふためき、ハンカチらしき物で汗を拭きながら、待って、待って、切らないで…と懇願する。 「要するに、外出用のスーツに穴が空いてしまったので、代わりを持ってきて欲しいと、そういうことですね」 「さすが、カスミ君。理解が早くて、何よりだ」  先程までの狼狽を打ち消すように、上司然とした威厳を醸し出そうとする所長。 「でも、今からそちらに向かうとなると、就業時間をオーバーすると思うのですが」  鋭い口調で、カスミさんが問う。 「もちろん、残業代はちゃんと出ます。なので、持ってきて頂いてもいいですか?」  ついさっきの威厳はどこへやら。  普段どおりの上司と部下の会話に、思わず苦笑せずにはいられなかった。  カスミさんは連絡を切ると、じゃあ行くわよ、とおれに向かって顎で合図をした。  えー、おれもっすか?と一瞬言いそうになるのを既のところで堪え、とびきりの作り笑顔で「了解!」と答えた。  
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