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「花、咲かないんすかねー?」  目の前にある透明なドーム状のケースには、花のないガーベラが一輪、保管されている。 「咲かないと思うけど。わたしがここで働き始めてからずっとあるけど、咲いてるとこなんて見たことない」  電子機器を巧みに操作しながら、先輩のカスミさんが答えた。 「ていうことは…、20年くらい咲いてないんですか?」  ドーム状のケースから一旦目を離し、カスミさんのほうを振り返る。 「はっ?わたしまだ、31だけど」   「えっ?」 「はっ!?」  強い殺気を帯びた視線を感じ、素早く、平身低頭お詫びをした。  地球上の花が咲かなくなってから、約百年が経つ。最初は桜の花だったと、学校の授業か何かで習った。突然、すべての桜が咲かなくなり、それから次々と、花という花が咲かなくなった。  ただ、種さえあれば芽は出るし、茎や葉、樹木にまで成長する。でも、花だけは咲かない。研究者の間では、環境破壊説を謳う者もいれば、どこかの国の陰謀説を疑う者までいた。だが結局のところ、百年経ったいま現在も、何ひとつ解明はされていなかった。 「それが咲いたら、奇跡っていうか、世界的ビッグニュースだから」  カスミさんは椅子に座りながら腕を上げ、身体をうしろに軽くのけぞらせた。あぁ…やばい、腰がやばいよ…という言葉を発した後、何事もなかったかのように話しを続けた。 「たしか、最後まで咲いてたのが、ガーベラだったはず。わたしが子供の頃だから、まあまあ前ね。当時は、すごく大きなニュースになってたわ」 「じゃあおれが、ほぼ0歳児の時っすね?まったく、記憶にないです」 「まあ、花が咲かなくなったのは最近の話しじゃないからね。ただ、ガーベラだけは咲き続けるんじゃないかって、世間では希望の星みたいに言われてたのを覚えてるわ」 「おれ、生で花見たことないんすよ。だから、一回見てみたいなーって」  ケースの中のガーベラは、茎も葉もとても瑞々しく、がくもしっかりある。今にも花が咲くんじゃないかと、人に錯覚させるには十分な存在感が備わっていた。  
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