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屋敷の部屋で老婆がひとり、午後のティータイムをはじめている。いくつも並ぶ窓からうららかな光が差し込んでいた。老婆はというと、紅茶とお菓子を目の前にして、どこか退屈な表情を浮かべている。彩りあざやかなケーキも、気品ある紅茶の香りも、老婆の心にひびかない。
そんなとき、ドアにノックの音がした。
「なにかしら」
使用人が老婆に会いに来ることはめったにない。夫が亡くなったときに最低限の人数だけ残してあとはクビにしてしまった。彼らとの会話は非常に退屈なのだ。
ノックした人物からの返事がない。老婆は首をかしげる。心当たりがないまま、ドアは音もなく開いた。
「あら、なにしにいらしたのかしら」
開いたドアから殺し屋が入ってきた。負けたほうの若い殺し屋だ。老婆は椅子から立とうともしない。視線だけで対応する。
「もう報告はいただいたわ。あなたではないほうの殺し屋からね。それともわざわざ、任務失敗の報告をしに来たのかしら」
「そんなことをしに来たのではない」
「では、なにかしら。わたしの退屈をまぎらわすおもしろい話でもしてくれるのかしら」
「だれがお前のためにそんなことをするものか」
殺し屋は拳銃を取り出し、銃口を老婆へ向けた。
「まあ、物騒なものを持っているのね。それで、なにが目的なの。わたしを殺しに来たのかしら。それとも強盗かしら」
「ふん、そんなけちなものではない。おれは金を受け取りに来たのだ」
じゅうたんの上をゆっくり移動しながら殺し屋が言う。
「お金なら渡したじゃない。いまさら額がすくないと言われても困るわ」
「おれが欲しいのはそんな金じゃない。これはおどしだ。お前が殺し屋に依頼をしていることをばらされたくなかったら、口止め料を払うんだ」
「まあ、無粋な人ね。あなたのような人は殺し屋失格ではなくて」
老婆が声の音量を上げる。
「ふん、気にするものか。殺し屋をやっていくより、お前をおどして生活するほうが楽なのだ。金が余っているのだろう。お前の代わりにおれが使ってやる」
ついに銃口が老婆の目の前に突き付けられた。黒く光る銃を老婆が見つめる。
「いくら年寄りとはいえ命は惜しいものだろう。おれだって余計な殺しはしたくない。とりあえずいまここにある金を渡してもらおう。今日はそれで勘弁してやる」
「しかたないわね。そこの引き出しに入っているわ」
老婆はすなおに若い殺し屋へ金のある場所を教えた。用心しているのだろう、殺し屋は拳銃の力を使い、老婆に金をとりに行かせる。おどされた老婆は、慣れた手つきで引き出しから金を取り出した。さすが金持ちの老人だけあってまとまった金がすぐに出てくる。本人にとってははした金だろうが、若い殺し屋にとっては十分な金額だった。しばらく遊んで暮らせるほどの札束だ。殺し屋は満足げな顔をして老婆に告げた。
「今日はこれで帰ってやる。しかし、これで終わったと思うなよ。また金が必要になったら取りにくる。おれがいつ来てもいいように、ちゃんと用意しておけ」
「まったくろくな殺し屋じゃないわね、あなたは」
「なにを言われようとかまわないさ。それにお前だってびくびくしながら毎日をすごせるのだ。ひまとは無縁になるだろう。おれに感謝してもらいたいくらいだ」
こう言い残して、殺し屋は屋敷から去っていった。銃から解き放たれた老婆がため息をつく。使用人が彼を見つけることはないだろう。
老婆はしばらくその場に立ち尽くしていた。放心していたのではない。だれに連絡しようか、考えていたのだ。
「これだからこの遊びはやめられないわ。さて、今度はいつも以上におもしろいことになりそうね」
老いた体を手際よく動かし、引き出しの奥から一枚の写真を引っ張り出す。その写真をもって電話の前へ立った。知り合いの殺し屋に連絡を取るのだ。
数回の呼び出し音のあと、老婆が話す。
「いまから来てくださらないかしら。依頼をしたいのです。ええ」
電話を終えた老婆はつづけざまにもうひとり、殺し屋に連絡する。
「始末してもらいたい人がいるのです。力を貸してくださいませんか。はい。そうです」
電話を終えた老婆は満面の笑みを浮かべていた。その手には隠し撮りしておいた若い殺し屋の写真が握られている。
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