刺激的

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刺激的

 ある若い殺し屋、依頼の連絡を受けて立派な屋敷に招かれた。  巨大な門を通り抜け、広い庭をしばし歩く。庭には噴水があり、草木はきれいに整えられていた。やっとのことで建物につくと、屋敷の持ち主である老婆がみずから扉を開けて出迎えてくれた。 「あら、いらっしゃい。お待ちしていましたのよ」 「ずいぶんと広いお屋敷ですね」 「ええ、お金には不自由していないの。亡くなった主人がたくさん稼いでくれましたから。それこそ使い切れないくらいだわ」  老婆は上品に笑った。歳をとってはいるが、衰えている感じは受けない。いま、まさに人生を楽しんでいますといった感じだった。  屋内に入った老婆は殺し屋についてくるように言った。じゅうたんの敷かれた長い廊下を歩き、殺し屋は屋敷の一室に案内された。晩餐会でも開くのかと思うような大きな部屋だ。壁には高級そうな絵画が飾られており、天井からはシャンデリアがぶら下がっていた。 「どうぞ、お好きな席にお座りになってください。なにかお飲み物はいりますか」 「あ、いえ。こういう職業なのでなるべく痕跡を残さないよう気をつけているのです」 「ああ、そうだったわね。じゃあ、さっそく本題に入りましょうか」  老婆が座ったので、殺し屋も近くの席に腰を下ろした。この豪華な部屋にふたりだけとは、なんとも場違いな雰囲気だ。 「この人を殺してほしいの」  老婆が一枚の写真を差し出す。殺し屋はその写真を手に取ってたずねた。 「なにかうらみがあるのですか」 「それはあるわ。でも話す必要があるかしら」 「いいえ、無理には聞きません。わたくしども殺し屋は依頼人の事情に深入りするのが目的ではありません。なにも聞かずに始末してくれと言われればよろこんで従いましょう」  殺し屋はよどみなく写真を胸ポケットにしまった。すでに、顔はなんとなく覚えた。あとは細かいところを調べていけばいいだろう。 「殺し屋なのだから、そうでしょうね。人を殺すのが仕事だもの。ああ、それと言っておくことがあるわ」 「お金のことでしょうか。それでしたら相談に乗りますが」 「そんなことではないわ。さっきも言ったようにお金には困っていないのよ」 「はあ、でしたら、殺し方でしょうか。そちらも依頼主さまのご要望に従って何種類かご用意させていただいております」 「そんなことでもないわ」 「でしたら、どんなご要望で」  殺し屋が老婆に聞く。老婆は心底楽しそうな表情を浮かべて告げた。 「実は同じ依頼を別の殺し屋にも頼んでいるのよ」 「それはどういうことなのです。その殺し屋の腕が信用できないということでしょうか」 「いいえ、その殺し屋もあなたも十分任せられると思っているわ。こう見えて、わたし、殺し屋の知り合いがたくさんいるのよ。見ただけでだいたいの実力がわかるわ」  老婆はどこか誇らしげだった。しかし、殺し屋としては腑に落ちない。目の前の老婆がなにを考えているのか、つかみかねていた。 「なぜそんなことをするのです。教えてくださいますか」  殺し屋がすっかり降参だと、老婆に聞く。その様子を見て、老婆はさも愉快に笑った。ふたりきりで持て余している部屋に、楽しげな笑い声がよくひびく。 「競争よ、競争。どちらが標的をはやく殺せるか競争してほしいの。命の取り合いほどおもしろいものはなくてよ。先に殺したほうには、たくさんの報酬を差しあげるわ。なんと言っても、お金は捨てるほどあるのですから」  老婆の顔に狂気の気配が見て取れる。そんな依頼人に多少動揺しながらも、若い殺し屋は話を進めた。 「相手に先を越された場合はどうなるのです。ただ働きということですか」 「あら、わたしそんなけちではないのよ。この競争に参加してくれる費用として、それなりのお金は前もって支払いますわ」  老婆が提示した額は満額とは言えないまでも、任務を失敗した殺し屋に払う金額としては破格のものだった。 「よくこんなことをしようと思いつきましたね」  思わず殺し屋の本音が漏れる。老婆は趣味の会話をするみたいに、いたって普通の調子でしゃべった。 「だって、ひまなんですもの。夫が亡くなってからこの広い屋敷にわたしひとり。もちろん使用人はいましたけれど、彼らとわたしでは住む世界がちがいますの。余分な使用人にはいなくなってもらいました。それにわたしだってもう若いわけではありません。人生も終わりに差しかかっているのです」  老婆にとってあまり愉快な話ではないのだろう。話しながら、つまらなそうな顔を作っている。 「それに、あいにくわたしたち夫婦には子どもがいませんでした。財産を持っていても渡す相手がいないのです。それなら有意義に使ったほうがよろしくなくて。退屈な日常に刺激が欲しかったのよ。わかるでしょう」 「それは、それは」  殺し屋が一応相づちを打つ。しかし、到底理解できるものではなかった。金持ちの思想は一般のそれからだいぶ外れている。そのなかにおいても目の前の老婆は特別と言っていい。 「どうかしら。この依頼受けてもらえるかしら」 「もちろん大丈夫でございます。わたくしにおまかせください」  凛とした声を出す。いろいろとおどろくことはあったが、殺し屋として使命を果たすことに変わりはない。ようは相手より先に仕事をすませてしまえばよいのだ。むずかしいことではない。 「それはよかったわ。約束のお金はいま手渡せばいいかしら」 「とんでもない。指定の口座に振り込んでいただければけっこうです」 「じゃあ、そうするわ。あなたからの報告楽しみにしているわね」 「お任せください」  こうして若い殺し屋はこの変わった依頼を引き受けた。老婆はよっぽどこの競争が楽しみなのか、帰る殺し屋を玄関まで見送りに来た。老婆に別れを告げた殺し屋は、来たときと同じように広い庭を門まで歩く。老婆が人払いをしているのか、使用人の影も見当たらない。噴水の水音だけが聞こえる平和な庭だった。 「まったく、なにを考えているのか、あのばあさんは」
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