山茶花の咲く頃に

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見合い婚だったという祖父母にはいつも溝があるように見えた。 仲は良かったと思う。 でも、すれ違う2人の気持ちには大きな差があり、最後まで交わることはなかった。 「あの人は私のことを本当に愛してはいないのよ」 祖母はその主張を頑として譲らなかった。 祖父は寡黙で、一見は祖母の主張が正しくも思えた。 だが、僕だけは祖父の本当の気持ちを知っていた。 それを知るきっかけとなったのが、祖父が管理していた庭木だった。 祖父母は、座敷に縁側のあるような古い造りの一軒家に住んでいたが、この辺りでは一般的だろう。 他と差を出していたのは、少し手の込んだ庭があったからだ。 家を囲むように植えられた山茶花の木は、時期になると一斉に白い花を咲かせた。 祖母が好きな花だ。 「赤やピンクもあるけれど、白が一番好きだわ」 その言葉が純粋なものなのか僕にはわからなかった。 白い花の山茶花には2つの花言葉がある。 もしかしたら、祖父への当てつけも含まれていたかもしれない。 それを知ってか知らずか、祖父は座敷から見えるところに小さな池を作った。 池の中央には小島を浮かせ、さらに一本の山茶花を植えた。 ただの一本の木をとても大事に手入れし、ついにその山茶花は花をつけた。 可憐なピンクの花は、たしかに祖父が祖母を愛している証拠だった。 祖母が亡くなり、後を追うように祖父も亡くなった。 住む者がいなくなったこの家をどうしようかと親戚一同で話し合っている時に、僕は手を挙げた。 祖父母の思い出の家を残したいとか、立派な山茶花の庭を残したいとか、そういう孝行な気持ちがあったわけではない。 大学を中退し、せっかく内定の取れた会社もいつものように(・・・・・・・)人間関係で長くは続かなかった僕だ。 在宅勤務できる職になんとか就き、引きこもる場所をちょうど探していた。 「僕があの家と庭を残していくから」 そう言っておけば、喪の明けない親戚や僕の両親も涙を浮かべながら賛同してくれたのだ。 祖父母の家に住み始め、そろそろ白い花も見納めという頃。 時期としては冬だ。この辺りは雪が降ることは少ないが、底冷えするような寒さがある。 散る前の山茶花がちらほら残る庭に、ふらりと入ってきたのは大人びて見える少女だった。 物憂げな表情で白い花を見つめ、ため息をついた。 「えっと、誰?」 たまたま庭に出ていた僕は声をかけた。 振り返った少女は驚くでもなく、変わらない表情のまま僕を見た。 少女は何も言わない。 数秒のことだと思うが、数分でも数十分でも見つめられたような気がした。 少女はさっと身を翻して庭を出て行ってしまった。 それが、彼女との出会いだった。 少女は気づけば庭にやってきて山茶花を見ていた。 毎日のように庭にやってくるので、ぽつりぽつりと言葉を交わすようになった。 そのうちにガラス戸を開けておいた縁側に座るようになり、だんだんと座敷にも入り込んできた。 やはり外は寒かったらしい。 「これ、なんのお茶?」 こたつに足を入れ、心地好さそうに暖をとる少女が湯呑みの中の液体を眺めている。 座敷の真ん中には昔ながらの円筒型の石油ストーブがあり、上に置かれた薬缶がシュウシュウと音を立てた。 「サザンカだよ。葉と花を乾燥させたんだ」 「へぇ。お茶にもなるんだ」 「まぁ、椿と変わらないから。美容にいいよ」 「美容かぁ」 少女は湯呑みを手に持ち、中の液体をひと揺らしして一息に飲み干した。 「美味しい。甘い。おかわり」 「はいはい。やったことはないけど、シロップとかジャムとか、天ぷらにもできるらしいよ」 急須にある山茶花の茶葉は、先程一回出しただけなのでまだ出るだろう。 ストーブの上でシュウシュウと音を立てる薬缶を取り、お湯を注ぐ。 「シロップならいろんなものに使えそうだね。お兄さん作ってみてよ」 「来年なら」 急須を揺らし、少し蒸らしてから湯呑みに数回に分けて注ぐ。 湯気が立ち、ほのかに甘い香りが漂う。 茶托に乗せて少女に差し出すと、頰にえくぼを作って少女は笑った。 「楽しみ」 ふぅふぅと湯呑みに息を吹きかける姿は幼く、大人びて見えるが高校1年生だというのには納得がいった。 少女は、高校進学にあわせてこの土地に引っ越してきたという。 完全に親の都合である。 新しい高校生活ではすでに周りにはグループが出来上がっており、入り込むのは大変だったそうだ。 「あるグループの1人に声をかけられてね、そこから一緒にいるようになったんだけど」 仲良し3人の普通のグループで、少女は喜んでその子たちの輪に加わった。 「何がきっかけだったか忘れたけど、そのグループの1人の子が2人とケンカして孤立しちゃったの」 少女は間を取り持って話を聞いていたが、どちらも仲直りをする気がなく時間が過ぎた。 そのうちに2人組は無視や陰口、さらには物を隠したり、陰湿になっていった。 孤立した1人は陰では泣いていたが、少女に助けを求めたりはしなかった。 「どんどんひどいことをするようになって、私もう我慢できなかった。イジメなんてやめようって言ったの」 すると、2人組の嫌がらせは少女に矛先を変えた。 「仲間だと思ってたのに」「そういえばあいつに肩入れしてたよね」「裏切り者」「都合のいいやつ」 そして、何がどうなったのか孤立していた1人もそこに加わった。 少女が物憂げな表情で庭に入り込んだのは、その折だったという。 「君はかっこいいね」 できあがったグループの中でその発言は、かなり勇気のいることだっただろう。 僕は素直に思ったことを口にしただけだが、少女には気に食わなかったらしい。 眉を寄せて僕を軽く睨んだ。 「どこが? イジメられてるんだよ、私」 「それでもかっこいいよ。……僕の時は、助けてくれる人なんていなかったから」 「え?」 聞き返す少女から僕は顔を背けて立ち上がった。 縁側のガラス戸を開けて庭に出ると、まだ花弁の落ちていない白い花を手折り、少女の元へ戻る。 「サザンカの花言葉は“困難に打ち克つ”と“ひたむきさ”だ。そして、花の色でまた意味が変わる」 少女に白い花を差し出すと、細く白い手がそれを受け取った。 「白のサザンカには“愛嬌”という花言葉がある」 ———それと、もう一つ。 ここでは必要がないので、教えはしない。 「さっき見せてくれた笑顔がすごく可愛かった。君が笑顔でいれば、周りの子たちは自然と寄ってくるようになるよ」 少女は両手にのる白い花を見下ろすと、手のひらで優しく包み込んだ。 髪の隙間から見える耳がほんのりと赤く染まっている。 「ここへはいつでもおいで」 「……うん」 くぐもった返事と共に、山茶花の花弁に涙が落ちた。 白をすべり落ちる雫はだんだんと吸い込まれ、やがて消えた。 このやりとりを境に、少女は次の年まで現れなかった。 白い蕾が少しずつ開き始める。 今年は暖冬だと、気象予報士やコメンテーターがこぞって口にする。 山茶花は冬を彩る花ではあるが、寒さには弱いのだ。 暖冬であれば、今年は例年より長く咲いているかもしれない。 ちら、と僕は池の山茶花を見た。 あのピンクの花だけはなぜか蕾をつけない。 祖父が亡くなった、あの年から。 祖母の元に持って行ってしまったんだろうか? 植え替えるのも木を切ってしまうのも踏ん切りがつかなく、そのままにしてある。 いつか蕾をつけてくれるといいのだが。 「ねぇ、シロップできた?」 いつのまにかガラス戸が開けられ、縁側に制服姿の少女が腰掛けていた。 「……久しぶりだね」 急に来なくなったかと思えば、またいきなり現れる。 謎の少女だが、ひと月ほどを毎日のように一緒に過ごした。 会えなくなり、少し寂しく思っていた。 「上がっていい?」 「どうぞ。お茶はサザンカでいいかな?」 「うん。それがいい」 少女はいそいそと座敷に上がり、僕と入れ替わりにこたつに潜る。 僕は急須で山茶花のお茶を蒸らしている間に部屋を抜け、あるものを手に戻る。 「何それ?」 「シロップ。白い花しかなかったから色合いはあれだけど、うまくできたと思う」 ジャム瓶に入れて作ったそれを、少女は手に取りまじまじと見た。 透明なシロップの中に山茶花の花びらが舞っている。 「お兄さんすごい。私のために作ってくれたの?」 「一応、約束したから」 そう答えると、少女は薄桃色の頰に嬉しそうにえくぼを作った。 その日から少女はまた毎日やってくるようになった。 制服姿で、夕方頃に。 「学校、行ってるの?」 ネイビーのブレザーは色白の少女によく似合っている。 ネクタイでなく赤いリボンがまた、可愛らしい。 スカートが短いのはどうにも目のやり場に困るが。 「うん、おかげさまで。嫌がらせは無視して、お兄さんのいう通り笑うようにしてたら他に友達ができたよ」 「そっか、よかった」 少女の前にグラスを置いた。 注がれた液体は赤く透き通り、少女がこれは何? と首を傾げた。 「クランベリージュースに、サザンカのシロップを入れてみた」 少女は恐る恐る、といったふうにグラスに口をつけた。 小さく一口飲み、僕を見る。 「美味しい。あ、少しだけ香りがする」 少女はまた一口、また一口とグラスを傾けた。 「よかった」 僕も同じく注いだグラスに口をつけた。 うん、美味しい。 山茶花のお茶もいいけれど、たまにはこういうのもいい。 おかわりを催促して目の前に出されたグラスに、クランベリージュースを注いでやる。 少女はまた美味しそうに飲み始め、あっという間に飲み干してしまった。 思った通り、今年の山茶花は長く花をつけていてくれた。 花弁が一枚ずつ落ちていく様子をこんなにゆっくり見られたのは初めてだった。 たくさん茶葉を作ったのでこちらも長く楽しめる。 シロップは、もう少し活用方法を模索するとして。 「サザンカ、もう少しで全部散っちゃうね」 少女は庭を眺め、ぽつりとつぶやいた。 「今年は長く咲いていたよ」 「そうなんだけど、そうじゃなくて」 少女の返事は要領を得ない。 暑くなったからとブレザーを脱ぎ、足先だけこたつにいれてうつ伏せでくつろいでいる。 僕はたまらず、手近にあったブランケットを少女の腰をめがけて少々乱暴にかけた。 「あのさ、ちょっとくらい警戒しようよ。短いスカートでそんな格好されたら目のやり場に困るから」 「あはは。お兄さん、こんな年下に興味ないでしょ」 暑い、と言って少女はブランケットを脇へ放った。 短いスカートはかろうじて下着を隠すが、張りのあるすべらかな太ももは露わになった。 少女の顔がやけに挑発的に見えた。 僕は少女の肩を押し、仰向けに転がして両手を押さえた。 「興味なかったらこんなに一緒にいないんだけど?」 見下ろした少女の顔はみるみる真っ赤に染まり、押さえた両手は汗で湿った。 その反応につい、可愛いなと思ってしまう。 顔を近づけると少女はぎゅっと目をつぶり、両手に力が入った。 抵抗されたらやめようと思ったが、そんな反応をされたらもう止まらない。 僕は遠慮なく、形の良い柔らかな唇に自分の唇を重ねた。 ほんの数秒だ。 唇を離し、両手も離すと少女は逃げるように僕の下からとび起きた。 ついで、ビンタを食らった。 「いってー……」 「お兄さんのばか!」 少女は真っ赤な顔のまま、瞳に涙を浮かべていた。 急いでブレザーとカバンを手に持ち、乱暴にガラス戸を開けて飛び出して行ってしまった。 あとに残るのはストーブの上の、薬缶のシュウシュウという音だけだ。 「やっちゃったー……」 天井を仰ぎ、大きくため息をついた。 開け放されたガラス戸から冷たい風が吹き込んで、火照った体を冷やしていく。 頭もしっかり冷えるまではもう少しかかりそうだ。 「謝んなきゃなぁ……」 そう思うのだが、意地の悪いことに気持ちは満たされていた。 あの柔らかな唇に触れた瞬間を、何度も思い出しては余韻に浸る。 ビンタされたことなどもう忘れていた。 あの瞬間の少女がまぶたに焼き付いて、僕の胸を高鳴らせて仕方ない。 少女はまた、その日を境に現れなくなってしまったというのに。 次の年、山茶花が蕾をつけて花開くまでが待ち遠しくて仕方なかった。 少女がまた姿を表すとしたら、この時期だ。 山茶花の茶葉は十分に用意してある。 シロップも漬けたし、クランベリージュースだって。 少女がいつ来てもいいように、準備は済ませてある。 僕は毎日、夕方になると庭に出て少女を待った。 だが、少女は現れなかった。 待てど暮らせど現れない。 白い花は満開になり、一層咲き誇る。 もう一つの花言葉を表したようだった。 僕の少女への好意を否定するかのように。 いたたまれず、池の山茶花を見た。 やはりピンクの花は蕾すらつけない。 あの木はもう終わりだ。 暖かくなったら、僕のこのやり場のない気持ちと一緒に切り捨てよう。 肩に入ってた力を抜いて、息を吐いた。 少しだけ、軽くなった気がした。 「ねぇ」 背後から聞き慣れた声。 軽くなったはずの肩にまた力が入る。 振り返ると、庭の入り口に制服姿の少女が立っていた。 「……久しぶり、お兄さん」 少女は僕と目を合わようとせず、顔を背けた。 庭へ入ってくることもない。 今さらながらに、僕はやらかしたことの大きさを実感した。 浮かれていたのは僕だけだったんだと、白い花は教えた。 「ごめん!!」 僕はその場で頭を下げた。 「あの時は、いきなりあんなことをして本当にごめん。君の気持ちも考えずに」 少女がわずかに身を引いた。 あの時を思い出したのか頰が赤くなり、唇を手で押さえた。 少女が何も言わないので、僕は思っていたことを口にした。 「……サザンカの白い花には“愛嬌”と、もう一つ花言葉があるんだ。知ってる?」 少女は首を横に振る。 何を言い出したの? というように眉を寄せた。 「“あなたは私の愛を退ける”。まさに、今だよね」 はは、と笑ってみせようとして口をつぐんだ。 少女が目尻に涙をためて、僕を睨んでいた。 「何、それ? ビンタしたのは悪かったけど、びっくりしたからだよ」 少女は地面に落ちた白い花弁を蹴り散らしながらずかずかと庭に入ってきたかと思うと、僕の目の前で止まった。 小さな少女に威圧された僕は情けなく後ずさった。 「私は、お兄さんが好き!なのにずっと気づかないし……。もう、ばか! 鈍感!」 「えっ、えっと」 「かと思えばいきなり男みたいになってキ、キスなんかしてくるし。 なんなの、ばか!」 「いや、だって僕男……」 少女の言葉は支離滅裂で、それに返す僕の返事もどうでもいいことだった。 少女はひたすら「ばか!」を連呼し、たまに「好きなのに!」と入れてくる。 どうしようもない状況なのに、僕はついにやけてしまった。 そして、頭を叩かれた。 「もう、知らない!」 少女は僕に背を向けると、さっさと歩き出して庭の入り口まで戻ってしまった。 背を向けたまま僕に向けて言う。 「私、今年はもう来ないから。大学受験するの。ここに来てたら勉強できないから、もう来ない」 「そっか……」 「だから、あの……。来年、また来ていい?」 少女がわずかに振り返り、上目遣いするように僕を見る。 恥ずかしさで睨んでるようにも見えるが、その仕草も可愛らしかった。 すぐに駆け寄って抱きしめたい衝動を必死に抑えて、僕は頷く。 「待ってるよ。いつまでも」 えくぼを見せてはにかんだ少女は前を見て、振り返ることなく走り出した。 その後ろ姿を、白い花弁が風に舞って追いかけていった。 山茶花は毎年、絶えず花をつける。 白い花が一気に開いていく様は圧巻で、目を見張るものがある。 そして、散る時は儚げがあり美しい。 椿が花ごとぼとりと落ちるのとは違って、山茶花は一枚一枚花弁を落としていくのだ。 「もう、終わりなのか」 ゆっくりと散り始めた白い花を指で撫でると、また一枚落ちた。 今年は昨年ほど暖冬ではなく、花を楽しんだ時間が短く感じた。 「花を楽しんだ、か」 都合が良かったから引き受けたこの家を、山茶花の庭を、いつから俺は楽しむようになっていたんだろう。 家は古いし、趣はあってもすきま風が寒い。 山茶花は年に一度は剪定が必要で、最初はそれを知らず苦労した。 放置して庭を潰そうかとも考えた。 そんな時に、少女はやってきた。 少女が山茶花を見にやってくるから、残さなければいけないのかと手入れを始めた。 祖母が作っていた山茶花のお茶も見様見真似で作り、喜んでもらえたので作り続けた。 シロップは想定外だったが、案外できるものだ。 今年は新しく、蕾でピクルスを漬けている。 少女が来るたびに僕は、この山茶花の庭を恋しく思うようになった。 彼女のおかげだった。 「あれ?」 見渡していると、緑緑しい葉と白い花の中で、一つの山茶花に違和感を感じた。 普段は手入れの時しか寄らないその場所だが、近寄らずにはいられなかった。 目の前にして、初めてそれが確かにあるのだと信じられた。 「驚いたな。全然気がつかなかった」 もう花をつけないと諦めていた山茶花が、一輪だけピンクの花をつけていたのだ。 「ここにいるの、めずらしいね」 音もなく隣に立つ人影に、僕の心臓はきゅっと小さくなった。 かと思えば、それが誰だかわかった途端にドキドキと高鳴り始めた。 昨年ぶりに現れた少女———いや、もう少女と呼ぶのは失礼か。 何事もなければ、彼女は大学生になっているはずだ。 制服姿の時とは打って変わって垢抜けた雰囲気の彼女は、すっかり大人の女性になっていた。 「どうしたの?」 彼女を見つめたまま言葉を出せずにいると、小首を傾げられた。 「あ、ううん。久しぶりだね」 「うん、久しぶり」 彼女は薄桃色の頰にえくぼを作って微笑んだ。 「ピンクの花もあったんだね」 そう言って彼女は指で優しく花びらをなぞった。 「祖父が大事にしてた花だよ」 寡黙な祖父が、唯一祖母に送った愛のメッセージ。 このピンクの花は、そんな花言葉を持っている。 それが今になって花をつけるなんて。 まるで、僕の心を表したようだ。 「ねぇ、私のこと待ってた?」 彼女はいたずらに問う。 その挑発的な表情は、いつか見たことがあった。 僕は懲りずにその挑発にのる。 彼女の腕を引き、僕の腕の中へすっぽりと収めて閉じ込めた。 「ずっと待ってた」 耳元で囁くと、彼女はくすぐったそうに身をよじった。 細い腕が僕の背中に回され、ぎゅっとしめつけてくる。 僕も彼女に回した腕に力を込めた。 細い体が壊れないように、そっと慎重に。 たった一輪のピンクの花は、諦めずに蕾をつけ、花開いた。 そして、たくさんの白い花に埋もれることなく堂々と咲き誇っていた。 山茶花の花言葉は『困難に打ち克つ』『ひたむきさ』。 そして、僕らを見守る可憐なピンクの花の花言葉は————『永遠の愛』だ。
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