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「お爺ちゃん、もう大丈夫だよ」  振り向いた翔太のお腹に顔を埋めるようにして、老人は翔太を強く抱きしめた。左の義手のかぎの切っ先が翔太の背中をチクリと刺したが、翔太はぐっと堪えた。そしてもう何も言わずに、そっと、老人を抱きしめた。老人は泣いていた。泣きながら、何度も、何度も、同じ言葉を繰り返すのだった。 「ありがとう、ありがとう……武雄兄ちゃん、ありがとう……」  老人にとっては、翔太が本当に魔法を使ったに違いなかった。遥か昔に、ずっと言いたかった言葉を口にすることができたのだから。  老人の厚い瞼の裏に、若き勇者の姿が蘇る。 「武雄兄ちゃん、この花の名前は?」  戦闘帽を被った武雄が笑いながら、 「オトコエシ」 「じゃあこれは?」 「これはカタバミ」 「凄いなあ、武雄兄ちゃんは何でも知ってるんだね」 「そんなことないさ。茂だってすぐに覚えられるよ。それにな、花には花言葉っていうのがあるんだ」 「花言葉?」 「そう、花言葉。花一つ一つには意味があるんだ。例えばカタバミは『輝く心』」 「へえ。じゃあこの花は?」 「クマツヅラ。花言葉は……あれ、何だったっけな」  何にも例えようのない、高く、けたたましい音が耳をつんざく、空襲警報。武雄が茂の左手を引いて、家の防空壕目指して駆け出した。  空には敵国の戦闘機が、身を切り刻んでしまうような鋭い音を鳴らしながら空を切っている。 「駄目だ、茂。見つかったら殺される。その木の下に隠れよう」  武雄は震える茂を抱いて言った。 「大丈夫、大丈夫。あと少しだから……」  武雄はなおも震える茂の頭を撫でながら、茂を安心させる言葉を探すように周囲を見渡した。荒地にあるのは草花だけ。  ゴト、リ。  武雄が背後を振り返ると、自分の体よりも遥かに大きな黒い塊を見た。そして、そうっと、木の裏へと右手で茂を誘導して、言った。 「茂、思い出したよ。クマツヅラの花言葉。それは『魔法』だよ」  茂ははっと目を開けた。潤んだ世界、光り輝く武雄の笑顔を見つけて、武雄の右手を左手で掴んだ。  ――轟音。  武雄は、茂の左手と共にこの世を去った。 ◆◆◆ 完結 ◆◆◆
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