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 ある夏の日の午後、翔太は一人、冒険の旅に出た。折れた木の枝の剣、プラタナスの大きな葉の盾、そして旅立ちへの第一歩を踏みしめる強い心を内に秘めた翔太は、まごうことなき勇者であった。  小さい頃によく母親が翔太を連れて行ってくれた、隣の学区にある公園への旅路ではあるが、小さな翔太にとっては多くの危険が待ち受けていることだろう。迷子、事故、誘拐。翔太自身もそれらの危険因子を母親から言い聞かせられていたので十分理解はしていたが、剣を手にしたと同時に湧き出してきた勇気には逆らうことができなかった。  えい、とう、はっ。歩きながら剣を振り回し、電柱や街路樹を敵と見なして切りつける。それを幾度か繰り返した後、 「よーし、レベルアップだ。力と体力が上がったぞ!」  そう一人呟くと、少年は本当に少しだけ強くなったように思えてくるから不思議である。何でもない、幼少期の男の子の一人遊びであった。  太めの木に持ち替えたり、丸くて形の良い石ころを伝説の石だとポケットにしまったり、中ボスである自動販売機を沢山切ってもジュースを落とさなくて舌打ちしたり。そうこうしている内に翔太は公園に辿り着いた。翔太のレベルは七になっていた。  公園までやってくるという一つの目的を達成した翔太は、ティーシャツをまくり上げて額の汗を拭うと、水飲み場の水をごくごくと飲んだ。 「よし、体力も回復したぞ! 伝説の剣を探さなければボスには勝てないからな」  草木に囲まれた公園には、まばらに茶色くなった芝生の広場を中心に、ブランコや滑り台といった遊具も備え付けられていて、そこには翔太よりも年上の少年達が遊んでいた。翔太はその少年達の目を避けるように、木々の多く茂った方へと足を向けた。  意気込んではいても、子供は子供である。慣れない場所、知り合いのいない場所で、学区の異なる年上の子供が複数人いれば、肩身が狭く感じるのも無理はなかった。  そして公園に着いた所でやることといえば、ここまでの旅路のそれと何も変わらなかった。敵に見立てた木を切っては地道にレベルを上げて、変わったものが落ちていないかを探索し、気に入ったものがあればポケットに入れる、その繰り返し。そんな単調な一人遊びであっても、時間を忘れられるから不思議である。
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