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 小一時間が過ぎた頃だろう。さすがの翔太も多少の疲れを感じたのか、 「よし、レベルも上がったし、今日はそろそろ帰ろうかな」  と呟いた、その瞬間だった。背後に何者かの気配を感じて、翔太はそろりと振り向いた。そこには老人が一人、ベンチに座っていたのだ。翔太は老人を見るなり、 「ボスか?」  と叫んで、持っていた剣を構えた。老人はこりゃ参ったという様子で両手を上げて、 「ほっほっほ。降参、降参じゃ」  翔太はその老人の言葉を聞いても、なおも剣を下ろさなかった。というよりもむしろ、体を硬くして動けなくなってしまったのだが、それには理由があった。翔太は老人のあるべき左手を追っていた。左の腕の先は、銀色に湾曲した義手だったからである。  老人はすぐに気付いて、 「これが珍しいんだろう?」  と、義手となった左手をどこか懐かしむように眺めた。若い翔太にとっては初めて目にするものである。少年故に多少の恐怖もある、だがそれにも増して好奇心が勝つというのも少年故である。 「ほら、こっちにきてよく見てみなさい。大丈夫、取って食ったりはせんから」  老人の言葉に翔太は静かに剣を下ろすと、小さく頷いて、老人に歩み寄った。差し出された老人のかぎ状の義手に触れると思わず言った。 「痛い?」  その言葉を聞いた老人は、大きく笑い、 「優しい子だね。痛くなんかあるものか。今も、昔も、手の痛みなんかこれっぽっちもあるものか」  老人の笑って皺くちゃになった目尻を見た翔太も笑顔になって、 「そっか、かっこいいね! フック船長みたいだ」  翔太は剣を放り捨てた右手で老人の義手を握ると、上下左右に揺らしてみせた。少年と義手の老人が握手をするような形になり、それはある種、平和の象徴のようにも見えた。  その時、公園で遊んでいた少年達の誰かの母親が、晩ご飯ができたから帰ってきなさい、と迎えにきた。一人の少年が友達に別れを告げて、小走りで公園の出口に向かう途中、翔太と老人を訝しむような視線を送っていて、思わず翔太と目が合った。  翔太は一つ首を傾げてから、はっと我に返った様子で、 「いけね、おれもそろそろ帰らなきゃ。お母さんが心配しちゃう。じゃあねお爺さん」  と、老人の義手を両手でぐっと握ってから出口の方向へ歩き出した。五、六歩進んだ所で踵を返した翔太は、老人の目の前に戻ってきて、そして右のポケットから取り出した草花を老人に差し出して言った。 「これあげる、薬草だよ。きっとお爺さんの手も良くなるから」  薬草と銘打たれた、公園までの旅路で摘んでいた草花は、つくしのような頭をして、その首元には小さな薄紫色の花を咲かせていた。老人は右手でそれを受け取ると、 「これは……クマツヅラ、だったかな?」  翔太は元気良く、 「知らない! けど可愛かったから。お爺さん、またね」  と言うと、公園の出口に颯爽と駆け出した。
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