2/2
9人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
「当時、日本はとても強かったんだ。でも、他の国も負けずに強かった。空を見てごらん?」  翔太は言われた通りに空を見上げて言った。 「何にもない、青いよ」 「そう、空は青い。だけど戦争中はな、敵の戦闘機がびゅんびゅん飛んで、時に爆弾を落としたりする。そうなると空は煙と炎で赤く染まるんだ。信じられないかもしれないけれど、本当に夕焼けみたいに赤く染まるんだ」 「赤い空か……」  翔太はもう一度空を眺めた。カラスのように飛び回る敵国の戦闘機が落とした爆弾が赤く空を焼く。耳をつんざくような爆音。家や人を焼いた火薬臭い爆風の如く、夏の生暖かい風が翔太の頬を舐めて、翔太は背筋をぞくりとさせた。 「止めるかい?」  老人の言葉に、翔太は力強く首を振った。 「強い子だ」、老人はにんまり笑って、「武雄兄ちゃんを思い出す」 「武雄兄ちゃん?」 「そう、武雄兄ちゃんだ。お爺ちゃんが小さい頃、隣の家に住んでいた三つ上の子でな、翔太君みたいに勇気があって、頭も良く何でも知っていた。昨日翔太君がくれたクマツヅラの名前も彼が教えてくれたんだよ」 「おれ、昨日の花の名前も知らないし、頭なんて良くないよ……」  苦虫を潰す翔太を老人は笑い飛ばした。 「お勉強は嫌いかな? 大丈夫、翔太君はまだ小さい、今からでも十分間に合う。それに、勉強なんかよりもずっと大切なものなんていくらでもある」 「例えば?」 「小さくても、こんな偏屈なお爺さんの話を聞いてくれる勇気、とかかな」 「勇気、か……」、翔太はまんざらでもない様子で、「武雄兄ちゃんも勇気があったの?」 「あったさ、お爺ちゃんが知っている中で、一番だ。戦争で人を殺して英雄と呼ばれる人は沢山いるけども、勇者という人がいるなら間違いなく武雄兄ちゃんだ」 「勇者?」、翔太はその言葉に色めき立った、「武雄兄ちゃんはどうやって勇者になったの?」 「勇者は人を傷付けるのではなく、人を守るんだ。武雄兄ちゃんはお爺ちゃんの命の恩人で、本物の勇者だ」 「凄いね、武雄兄ちゃん。おれも勇者になれるかな」 「ああ、なれる。翔太君ならきっとなれるさ」  人を守る、そう呟く翔太を、老人は朗らかな笑顔で見守っていた。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!