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「……えでさま、楓様!」
もうすっかり聞きなれた声とともに、体を遠慮がちに揺すぶられる。
だが、どうも起きる気になれない。まちがいなく昨日の深酒のせいだ。
……要するに自業自得なのであるが、起きたくないものは起きたくない。寝ているふりを決め込もうとしたその瞬間、
「あいてっ!」
ぺちんっと軽い平手打ちが頭に飛んできた。
「いくら昨日は夜遅くまでお酒を飲んでいたからって、もうお昼なんですよ! 寝過ぎは逆に体に悪いんです。起きてください!」
年若い娘に叱り飛ばされ、楓はいやいや布団から身を起こす。
「わかった、わかったよ……。でもなにも頭を叩くことないだろうに」
「そうでもしないと起きないじゃないですか、あなた」
「……」
さっきまで寝たふりを決め込もうとしていた身としては、反論する術はない。
「さ、井戸でお顔を洗ってきてください。昼餉は玉子雑炊です」
そう言って娘――小春は部屋から出ていった。彼女の後ろ姿を見て、楓はほほ笑む。きっと二日酔いの己の身を案じて、食べやすい玉子雑炊を用意してくれたのだ。
……こんなダメな女にこまごまと世話を焼いてくれる人など、この世に小春ただひとりだけであろう。
この頃つくづく、出会いというものの不思議さに思いを馳せずにはいられない。
小春と出会わねば、己はどうなっていたのであろうか。
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