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駅を降り、自宅へ続く細い路地を傘を差しながら歩いていると、何かが背中にぶつかった。 その勢いで傘は宙を舞い、3メートル先の濡れたアスファルトに逆さになって着地した。 傘を持っていた細い男がよろめく。 その細い右肩が、何か大きくて太いものにより、ガッチリと掴まれる。 驚いた男が振り向くと、そこには仕立ての良いピンストライプの3ピーススーツに身を包んだ、 体格の良い男が仁王立ちになっていた。 「なんですか。謝って下さい」 3ピースの男は何も言わずに華奢な男を見下ろしている。 「いったい なんなんですか。ぶつかって来たのはあなたですよね」 3ピースの男は無表情のまま、華奢な男の肩を再び掴むと、たやすく男の向きを変えた。 そして自分の太い腕を、背後から両脇の下に廻して男を羽交い絞めにする。 「暴力ですか?痛いじゃないですか」 わめく男のワイシャツの後ろ襟から、エンジ色のネクタイをシュルルと抜き取る。 取り上げたそのネクタイが猿ぐつわと化すには、時間は不要だった。 「んんん」 自分のネクタイで口を塞がれ、声が出ない。 羽交い絞めから逃れようともがくも、腕力でかなわない。 が次の瞬間、背中に感じていた男の馬鹿力が弱まったような気がした。 首を後ろに回して男の方角に顔を向けると、そこには口角の上がった3ピース男が間近に見える。 整った顔立ちに似合いすぎる不気味な冷たい野獣のような視線に体中の毛が凍りつく。 冷ややかな風の気配を感じ、ブルっと身震いがした。 風の方向に目をやると、見覚えのあるジャケットが宙を舞っていた。 自らの身体に目を向けると、いつの間にか自分の上着がはぎ取られていたことに気づく。 人気のない細い路地に、ネクタイを口に巻かれたみじめな男。 上着をはぎ取られ、スカイブルーのワイシャツ一枚の姿にされていた。 「いい色のワイシャツだ」 野獣はそう言うと、再び太い腕を脇下に廻し、ワイシャツ一枚の男を羽交い絞めにした。 そしてスマホの自撮りモードで、ブルーのワイシャツ一枚になった男を撮る。 爽やかなブルーのワイシャツを着て、苦しそうにもがく男の顔が写真に収められた。 「お前の体臭も悪くない。」 3ピースの男は、ネクタイを抜かれた勢いで半立ちになった硬いワイシャツの後ろ襟の匂いを嗅ぎながらささやく。 襟のボタンまできっちりと留められたワイシャツは、ネクタイを抜かれた後では様にならなかった。 男は羽交い絞めを解こうともがき続ける。 パニックになった男の脇の下からは汗と焦りの脂汗が混じってにじみ出る。 その汗は、汗染みとなってスカイブルーのワイシャツの脇を濡らす。 汗の匂いとワイシャツの糊の匂いが混ざり合う。 「大人しくしろ」 言いながら、上の襟のボタンから一つずつ、器用にボタンを外していく。全ての前立てのボタンが外され、 細い体と薄い胸が露になる。 「うむむむ」 わめくが声にならない。 野獣は羽交い絞めにしたまま、男の腕を後ろへ捻じ曲げ、カフスのボタンを外しはじめた。 両方のカフスのボタンが外れ、袖がだらしなく広がった。 衣擦れの音とともに、ワイシャツがズボンから引き出されたかと思った次の瞬間、 強い力で華奢男の背中がドンと押された。 雨に濡れた路面に体をたたきつけられたと気づいた時には、 ブルーのワイシャツは、背中から見事に剥ぎ取られていた。 振り返ると、野獣の姿はそこにない。 剥ぎ取ったブルーのワイシャツを片手で掴み、肩にかけて颯爽と歩く男の背中が、50メートル先に見えた。 こちらを振り向きもせず、ワイシャツを持った片手を上げて歩く後ろ姿は、 上半身を裸にされた華奢男へ「あばよ」と告げながら、彼の勝利を誇示しているようにも見えた。 華奢男は路上に落とされ雨を吸い込んだ自分のジャケットを拾い、 シャツを剥ぎ取られて冷え切った白い裸体の上に羽織った。 それにしても、あの男の目的は何だったんだ? 俺はまだ生きている。財布も無事だ。 分かっているのは、俺のワイシャツが剥ぎ取られ、恥ずかしい恰好をさせられる、という屈辱を味わったということ。 自分の身に起こった一瞬の出来事が、頭の中で整理できない。 無事でいられたことへの安堵感、裸にされた屈辱感や怒り、いろんな感情がかけめぐった。
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