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「だから、彼女はアキラさんの客ではなく僕が連れてきた客です」
「おまえなぁ、先輩って言葉知ってるよな」
言いながらアキラは後輩のベストからネクタイ軽くつまんで持ち上げる。
「アキラさんには既に沢山のパトロンがいるじゃないですか。彼女は僕の客ですから」
「このネクタイどうした?エルメスか?お前の給与では買えない代物だよなぁ。これも彼女からもらったのか?」
「そ、そんなこと、どうでもいいことじゃないですか」
「んだと、オラ」
ネクタイで後輩を力づくで引き寄せる。
ベストからネクタイが引き出され、結び目が緩み、留めていないワイシャツの第一ボタンが見えた。
「あれぇ、ワイシャツの第一ボタンはちゃんと留めなさいってママから教わらなかったのか?」
「止めてください。手を放してください」
ここは歌舞伎町。ビルの狭間から聞こえる怒声に司は立ち止まった。
「おまえが何と言おうが、彼女は俺の客だ」
「だから、彼女は俺が連れてきたんです」
アキラはネクタイを掴んだまま、膝で後輩の腹部を蹴った。
「四の五の言ってないで、『彼女は先輩の客です』って言ってみろ」
腹部を蹴られた後輩が、苦しい顔をしてアキラに覆いかぶさるように前から地面に倒れこんだ。
うつ伏せで倒れた後輩を、アキラはエナメルの革靴で踏みつける。
そして蹴られて弱った腹にキックを重ね、更なるダメージを与える。
勢いと傷みで後輩の身体は反転し、仰向けになる。
「わかったかオラ」
「キレイなウールの3ピースも泥だらけだな。白いワイシャツも汚れちまってザマはねぇな」
後輩のシャツの袖に革靴をこすり付けて汚れを落とす。
「よく見っと、この白シャツも光沢ドビー織で、いかにもホストさま、って感じだなぁ」
アキラは後輩に馬乗りになり、唇から零れ落ちた血でにじんだ、白いワイシャツの片襟を掴んだ」
「わかったな。彼女は俺の客だ」
「おい、そこまでだ」
後輩に馬乗りになりながらシャツの片襟を掴んだアキラは、その声の方を振り向いた」
「誰だてめぇ。デカか?」
「通りすがりの司ってもんだ。そのアンちゃんの高級シャツを破っちまうぜ。手を放した方がよさそうだな」
「こんなワイシャツ、1万円もしねぇよ。てか、こいつ1万円の価値もねえから」
「だから、放せって言ってんのが聞こえねえか?」
司は、後輩の襟を掴んで放さないアキラの腕を掴み、背中に捻じ曲げる。
その勢いで、後輩のシャツの第2ボタンが弾け飛んだ。
「痛ぇ。おい、放せ」
アキラは司の腕力に自分の腕の骨が折られるのではと危惧する。
「おめぇは何だよ。タカヒロの知り合いか?」
「ちげーよ」
「じゃぁ、なんでタカヒロの肩を持つ?」
「全部聞いちまったよ。おめぇがひと様の客を横取りしたらしいじゃねぇか」
「そ、そんなこたぁしてねーよ。てか放せ。骨折れちまうだろうが。痛ぇよ」
「おめぇの後輩が味わった痛みにくらべたら、こんな骨の一つや二つ」
第二ボタンがとれて胸元が開いた白シャツ姿の新米ホスト、タカヒロがよろよろと立ち上がった。
「おい、タカヒロとやら。さっき先輩にやられたことを、やりかえしてやれよ」
「俺はいいっす。俺の客として認めてもらえればそれで」
「俺の気がすまねぇんだよ。じゃぁ俺が代わりにやってやらぁ」
捻じ曲げられた腕の傷みをこらえながら、クの字の態勢でうずくまるアキラの腹を目掛けて司がキックする。
「うぁあああ」
司の口から血がしたたり落ちる。
「タカヒロ、おまえもやってみろ」
乱れて広がったワイシャツの襟を掴んで司が叫ぶ。
「もういいですから。止めてやってください」
「んな訳には、いかねぇんだよ。やられたら、やり返すって学校で習わなかったのか?」
言いながら司はアキラを蹴りまくる。
半ば意識を失いかけたアキラは仰向けに倒れた。
アキラがタカヒロにしたように、司は革靴のまま、アキラのベストを踏みつけて靴底の汚れを拭った。
「おっと、大事なワイシャツを汚すなよ」
口の端からしたたり落ちるどす黒い血が、アキラの首筋をゆっくりと流れていた。
クレリックシャツの白い襟が血で染まる前に、司はアキラのペイズリー柄のポケットチーフで口まわりの血をぬぐい取った。
そして同じペイズリー柄のネクタイを、結び目を左右に振りながら襟からシュルルと引き抜くと、
続いてベストのボタンを引きちぎって前を広げ、スマホでクレリックシャツ姿のアキラを写真に収めた。
「おい、手伝え」
新人ホスト、タカヒロに向かって司が言う。
「は、はい」
「こいつのワイシャツは俺が頂く。ボタンを上から外せ」
言うと司は倒れたアキラの上体を起こして羽交い絞めにした。
アキラは既に意識を失っており、動かない。
新人ホスト、タカヒロは、アキラのワイシャツを上のボタンから順番に丁寧に外していく。
「カフリンクも取って、俺のシャツのポケットに入れろ」
「はい」
ダブルカフスの袖のカフリンクが外され、司のワイシャツのポケットの中で、鈍い高級感のある金属音を立てた。
「おい、こいつの両腕をお前の肩にかけて支えてろ」
重心がタカヒロに移ったことを確認して、司はアキラの身体からクレリックのワイシャツを剥ぎ取った。
脇の下付近の汗が多いが、シャツに汚れや破れは見当たらなかった。
「よし、放していいぞ」
タカヒロはアキラの身体を優しく倒して仰向けにした。
「ありがとうございました、司さん」
「はやく着替えて、お前の客の相手してやれよ」
「はい」
タカヒロは裏口からホストクラブへ戻って行った。
剥奪したアキラのクレリックシャツは、パリの香水の香りがした。
「いいクレリックシャツだ。フランス製だな。今日はこれ着て寝るか。
アキラは性格わりぃが、流石はNO1ホストだ。
やられてる時の顔は、たまんなくかっけかったな。
やつの顔思い出しながら、抜くか」
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