誕生の地・クレスタット編 第1章 — 「宿命」

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「…………はっ?」  ゾンビが、別の世界に召喚された?  わけが分からず固まる俺をよそに、ククリアは言葉を続ける。 「召喚の儀式によって()び出された『勇者』が、運の悪い事にゾンビ化していてね。あっちの方にも被害が出ているんだ。このままだと二つの世界ごと崩壊してしまい、バランスを取るどころじゃなくなって……」 「待て待て待てっ!」  とりあえず止めさせたが、止めたところで理解しきれない。  死後の世界に神、異世界ときて……今度は勇者召喚?  ゾンビってだけでもう沢山なのに、なんで死んだ後にこんな説明を聞かされているんだよ? 頭が痛くなってくる。 「なんだよ勇者って。RPG(アールピージー)じゃあるまいし」  げんなりしている俺を見て、ククリアは少しだけ目を細めた。 「そのRPGやファンタジーの元ネタはね、向こうの世界なんだ。ヴァルアネスで生きていた頃の記憶をたまたま思い出した地球人が、作品として落とし込んだもの。こちらにとってのフィクションが、あちらにとっては『現実』というわけさ」 「……現実……」  映像作品や本の中にしか存在しなかったゾンビ。それが現実となったのを見た俺には、妙に納得できる言葉だった。  実際に目の前にすれば、経験してしまえば――それはもう、『フィクション』ではなくなる。 「君たちがファンタジーの世界を空想だと思っているように、あちらの住人にとっても地球は〝特別な世界〟という認識なんだ。だから危機がおとずれる出来事が予見されると、地球へと繋がる道を開き、適合する人物を召喚する」 「それが勇者召喚ってわけか」  ククリアは静かに頷いた。  あちらの世界にとっての勇者も、『悪や困難に対し、勇猛果敢(ゆうもうかかん)に立ち向かっていく英雄像』という認識で間違いなさそうだ。  そんな人物を必要とする出来事が向こうで起きていて、何とかするために地球から勇者を喚び出そうとした。しかしそいつは、もうすでにゾンビ化していた……なんて負の連鎖だ。 「あちらの現状を見せよう」  そう言うとククリアは、俺に向けて手招きをした。  困惑しながらも傍へ行くと、彼女は何もない空間に向けて手を掲げる。そこから生み出されるようにして、背の高い姿見が現れた。 「ここに立って」  言われた通り鏡の前に立つと、伸び放題の黒髪に()せぎすの体、死んだ目をした男がこちらを見つめていた。我ながらあまりにも冴えない姿だ。  まじまじと見ていると、とつぜん鏡面が波打ち、ある場所を映し始めた。  どこまでも白く大きい部屋だ。四隅には立派な柱が立っていて、神殿みたいな内装をしている。中には真っ白いローブを身にまとった大勢の人がいた。 「ここはヴァルアネスの中で、もっとも神聖とされる場所だ。ここから地球へと繋がる道が伸びて、対象をこの場所へと『召喚』する。彼らがその道を繋げる者たち、召喚師だ」  ローブの男たちを指すククリア。  言われてみれば確かに、()()()恰好だ。しかし神聖な場というには、いささか慌ただしかった。  逃げ惑う者、立ち向かおうとする者。みな一様におびえた表情をしていて、場は混乱を極めている。  彼らの視線は、床に倒れた人の上に乗っている〝何か〟に注がれていた。  人のようでいて明らかに異なる、その異質な見た目。  ……見てきたから分かる。あれは、地球のゾンビと同じものだ。  しかもそこら辺にいる通常種ではない。体の一部が強化された、特別な個体だ。  滅多にお目に掛からないだけに、やられた人間は数知れない。「見かけたら逃げろ」が暗黙の了解だった。  地球人でさえそうなのに、初見の人間がどうにか出来るはずもない。  なのに逃げる人たちの中にいて、その集団は倒れた人からゾンビを引き剥がそうとしていた。しかしすでに遅かった、首に噛み付いている。感染しているのは明らかだ。  噛まれた人が出た場合、この時点で多くの人が逃げ出す。  ゾンビは一度喰らい付くと、獲物の臓物を(むさぼ)ろうとするからだ。しばらくはそれに夢中で、ある程度は逃げる時間を稼げる。いわゆる『(とうと)い犠牲』というやつだ。俺も間違いなくそうする。  なのに彼らは逃げる事なくゾンビに組み付き、愚直にも戦おうとしていた。  助けようとしていた。 「何やってんだ、早く逃げろッ!」  鏡面を叩き叫んだが、彼らは変わらずその場から動かない。  やがて次の犠牲者が出た。このまま増えていくのは目に見えている。もうここは神聖な場所ではない、(けが)されてしまった。  ――そうさせた根本的な原因を、俺はよく知っている。 「これを見せて、一体どうしろっていうんだよ……っ!」  横にいるククリアを睨むと、彼女はどこか悲しげな笑みを浮かべた。 「君にこの世界を救って欲しいんだ。父親の代わりに」  その言葉に、無いはずの心臓がドクンと脈打つ。  思い出すのは、テレビで嫌になるほど見た顔と名前。 『……御崎(おざき)容疑者の行方については、現在も調査中です。ドローンのカメラ映像や、当日の履歴を調査したところ、おそらく他研究員とともにウイルス感染したのだと考えられており……』  アナウンサーの言葉とともに表示される、無機質なテロップ。(くま)の浮いた目元に無精ひげ、ヨレヨレの白衣に仏頂面という面白みもない写真。  俺と母さんだけでなく、世界中の人の人生を狂わせやがった――どれだけ憎んでも足りない、大嫌いな男。  今から約二十年前。  日本の片隅にある小さな研究所で謎のウイルスが漏洩(ろうえい)し、内部にいた全員が感染。俺の生まれ故郷だった町は丸ごと封鎖され、そのニュースはまたたく間に日本中を騒がせた。  最初はただの事故とされていたが、調べが進む中で原因が責任者にある事が判明した。  容疑者の名は、御崎雄大(おざきゆうだい)。……実の父親だ。  同じ町に住んでいながら、親父とは生まれてから一度も顔を合わせた事がなかった。何年も研究所に籠ったきりで、家に帰ってこなかったからだ。  母さんは当時三歳だった俺を女手ひとつで育てながら、周りの目から必死に逃げていた。それをずっと見ていたのもあって、写真と報道番組でしか知らない親父の事が大嫌いになっていた。  いちおう行方不明という扱いになっているが、当時その場所にいた記録が残っていたので、他の研究員と共にゾンビ化したのだと(ささや)かれている。  つまり俺の親父は、息子と妻を捨てて変なウイルスの開発に傾倒(けいとう)し、みずからゾンビとなり。挙げ句に地球を滅ぼした、マッドサイエンティストというわけだ。  死んでやっと縁が切れると思ったのだが……まさか死後にまで、家族というだけで同罪にされるとは。 「息子だから親父の尻拭いをしろって事か? そんなの、本人にやらせればいいだろ」  声を低くする俺に対し、ククリアはそのままの表情で小さく首を振った。 「それは無理なんだ。ゾンビ化すると体が完全には死なないせいか、魂が強制的に現世に(とど)められてしまう。君の父親の魂は、まだあちらに存在する」  ……やっぱりゾンビ化していたのか。  しぶといな。俺と母さんはもう死んでるっていうのに……。 「さっき映像で見た通り、待っている時間も無い。ただ、断ってくれてもいいんだ。君に課せられた罰ではないからね」 「えっ?」  思わぬ言葉に拍子抜けした。  本当にこのまま親父との関わりを絶って、違う世界に生まれ変わってもいいのか? 「ただ僕の与える使命と、君自身の願いは延長線上にある。父親の代わりに異世界に渡ったゾンビを倒せば、望んだ『平和な世界』を手に入れられる。それで君の未練も晴らせるんじゃないのかな?」  …………未練、か。 「君が選ばれた理由は、関係者だからっていうだけじゃない。君しかいないと思ったからだ。誰よりも強く平和な世界を願った君だからこそ、この使命に相応(ふさわ)しいと……僕は思ったんだよ」  神と名乗る少女は、人間である俺を見据えて深々と頭を下げた。 「どうか、頼む」  放っておけば、この世界もいずれは地球と同じ末路を辿る。  ワクチンも見付からず、人口も半分以下にまで落ち込み、ゾンビばかりが増えていく。  誰かが食われ、誰かが死に。誰かがまたゾンビになる。  この世界はもうおしまいだ。  みんなが分かっていた、俺だって。  それを、どうにかするって? 出来るわけがない。  ――――神様でも、なければ。 「……俺に、出来るのか?」  絞り出した声は震えていた。  愛しい者でも見るように、神様は優しい微笑みを浮かべる。 「ああ。強い想いを抱いた魂には、特別な力を授ける事が出来る。それでゾンビを倒せるだろう。君の願いはきっと世界を救う。だから、御崎成哉くん」  少女らしい、小さな手のひらが差し出される。 「救世主になってくれないか?」  か細い手だ。  その頼りなさに反して、ククリアの瞳は湖畔(こはん)のような澄んだ色をしながらも、不思議と力強かった。  しっかりと見返しながら、固く握った拳を広げる。 「――――ああ」  手を取った瞬間、全身が淡い光に包まれた。  ポカポカとして心地良い。自然とまぶたが落ちてくる。 「目を閉じれば、あとは生まれ変わるだけだ。君は肉体を得て新しい人生を迎える。その先に平和がある事を、僕も祈っているよ」  紡がれる言葉に耳を傾けているうちに、いつの間にか体は火の玉の形に変わっていた。  ふわふわとした意識の中、不思議とこの場の状況だけは見える。俺の小さくなった体……霊魂は、ククリアの手のひらへと収まった。 「さて。餞別(せんべつ)として、能力を授けよう」  もう片方の手が近付けられる。  人差し指の先が、ほんのりと白く輝いていた。 「これが君の願った力だ。使い方は、自然と分かるはずだよ」  光が魂に触れる――――その直前。 「ッ!?」  いきなりククリアの体が勢いよく崩れ落ちた。  見れば、地面から生えた黒い粘液が彼女の足首に巻き付いている。そいつは意思を持ち妨害をしているのか、くるぶしから上を徐々に浸食していた。  焦って引き剥がそうとしていたククリアだったが、ハッとして顔を上げた。魂が手元に無い事に気付いたのだ。 「待って!」  とっさに叫んだのだろう。  しかし反動で手を離れてしまった俺は、導かれるようにゆっくり上へ昇っていこうとしていた。戻ろうとするも、手足の無い今の状況では叶わない。  ――ククリアッ!  声なき声で叫ぶが、当然ながら届かなかった。ただ上へ引っ張られていくだけだ。そんな俺に向かって、空間に溶けていた〝何か〟が触手を伸ばしてくる。  美しい星空から染み出してきた真っ黒い粘液。ドロドロとして、闇を具現化したみたいだ。絡み付いた触手はそのまま俺を呑み込もうとしてくる。 「チッ! あいつやっぱり、この子にっ……!」  舌打ちをしたククリアは小さく両手を組んだ。体がまばゆいほどの光を放ち始め、彼女を中心にして染み出した粘液までもが瞬く間に蒸発していく。  その間にも、俺の魂は遥か上空をただよっていた。  不思議と分かる。  もうすぐ、生まれ変わりの時を迎える。 「せめてこれだけは!」  叫んだククリアはふらつきながらも立ち上がった。その背中からバサリと透き通った翼が広がり、大きく羽ばたく。  風をまとった彼女の体は浮き上がると、俺の傍へとどんどん近付いていった。危機感を抱いたのか、魂にまとわり付いていた一部が触手と化して彼女を攻撃し始める。 「くッ……!」  飛びながら華麗に避けたククリアは、大きく手を振った。  こぼれた光の粒子は伸びる触手をズッパリと斬り、切り口は硫酸を掛けたかのようにジュクジュクと溶けていく。  動きが鈍ったのを見た瞬間、彼女は精一杯腕を伸ばした。  剥がれた部分から覗く霊魂に、指の先が触れる。 「あとは君次第だよ……息子くん」  光が指を伝って、魂へ取り込まれていく。  ククリアの最後の言葉がうっすらと聞こえる中。  意識は、完全に溶けて消えた。
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