Mario net's jealousy is sweet.

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Mario net's jealousy is sweet.

7958dab6-c32e-4c32-98a1-e961ac500271  テーブルの上に置かれた小さな紙袋を眺め、真崎潤(まさきじゅん)は小さく微笑んだ。  二月十四日。主人であり、恋人でもある設楽尊(したらみこと)のために手作りのチョコレートを作ろうかと考えた。だが、同居人でもある設楽に知られずにそれを作るのは困難だ。  せっかくならば驚かせたいと、真崎は百貨店へと足を運んだ。女性ばかりの売り場に足を運ぶのは少々気が進まなかったものの、足を踏み入れてしまえばチョコレートひとつ選ぶのに時間を忘れていた真崎だ。  普段から多忙な真崎は、贔屓にしている店のネットショップで買い物を済ませることが多い。百貨店などに入ったのは久し振りのことだった。  そうしてようやく選び抜いた小さな包みを、真崎は寝室へと運んだ。そろそろ、設楽が帰宅する時間である。  ――尊に、喜んでいただけるでしょうか…。  設楽の性格を考えれば、バレンタインなど覚えていないかもしれない。まして極道である設楽の職場に女性はいなかったと記憶している。だからこそサプライズになればと、真崎は思っていた。だが…。  深夜。玄関のドアを開けて帰宅した設楽の手には、これでもかと色とりどりのショップバッグがぶら下がっていた。それらを無造作にダイニングテーブルの上に置いた設楽に、真崎は内心で落胆を覚える。 「おかえりなさい尊。その…凄い数ですね…」 「ああ。好きなの食っていいぞ」 「でも、これは尊のために女性が時間をかけて選んだものなのでは…?」 「は?」  上着を脱ぎかけたまま設楽が怪訝な顔で振り返り、真崎は小首を傾げた。 「違うのですか…?」 「そんなものはただの義理だろう」 「そう…でしょうか…」  確かに多くはそう凝った包装をされてはいないが、中には一見しただけでも華やかにあしらわれた包みのものが紛れている。恋人である真崎が思うのもなんだが、設楽のような男が好きな女性は少なくはないだろうと思う。  数ある包みの中から無難そうなひとつを取り上げて、真崎は微笑んだ。 「では、わたくしはこれを頂きます」 「ひとつでいいのか? どうせなら全部片づけてくれてもいいんだがな」 「尊は、わたくしに太れと仰っているのですか?」  予測が外れてしまったことも相まって、真崎が拗ねたように設楽へとしなだれかかる。これでは、チョコレートを渡したところで喜びもしないだろうと。  脱ぎかけの上着を受け取った真崎は、踵を返した瞬間背後から抱き寄せられる。 「尊…?」 「何を拗ねてる」  躰の大きな設楽に背後から腕を回されてしまっては、真崎に逃げ場はなかった。半ば圧し掛かるような態勢で後ろから顔を覗き込んでくる設楽に、真崎は正直に気持ちを打ち明けた。  買い物が楽しかったこと。サプライズをと思っていたのに設楽の持ち帰った包みの数に落胆を覚えたこと。それから、テーブルの上のチョコレートに本命が紛れているのではないかということまで。 「可愛い奴だな」  低く耳元に囁かれたかと思えば、真崎の躰はあっという間に浮遊感に包まれた。抱き上げられ、すぐ目の前に設楽の穏やかな顔がある。 「呆れてはいらっしゃいませんか…?」 「どうして呆れるんだ」 「わたくしのような者が嫉妬など…」  強引な玩具宣言からすでに十三年。真崎の性癖は未だもって変わりがない。玩具のように扱われたいと言いながらも人間臭い感情を持つことに、真崎はどうしても罪悪感を感じてしまう。  恥じらうように俯く真崎の耳に、穏やかな声音が流れ込んだ。 「だったらなお更、俺はそこのチョコレートは食えないな。お前が責任もって処分しろよ」 「尊…」 「それで? せっかく選んだのにお前は俺に寄越さないつもりか?」  こつりと額を寄せられて、真崎の頬がほのかに染まる。 「受け取って…くださるのですか?」 「お前の嫉妬が詰まったチョコレートも悪くない」  意地の悪い笑みを浮かべる設楽に、真崎の顔はますます朱に染まった。 「…お人が悪いですよ、尊」 「いい加減諦めて、受け入れたらどうだ?」  真崎が感情を持つことに罪悪感を覚えるたびに、設楽は諦めろとそう口にする。設楽にとってそちらの方が望ましいということも、真崎は理解していた。  それでもなお、真崎にはそう簡単に受け入れられない事情があるのだ。 「その…わたくしは…怖いのです…」 「怖い?」 「……はい。一度、受け入れてしまったら…、この感情が際限なく大きくなってしまいそうで……」  恥じらうように告げた真崎ではあったが、設楽の返事はなかなか降っては来なかった。  おずおずと視線をあげれば、そこには珍しくも目を丸くした設楽の顔がある。 「あの…尊?」  訝るように名前を呼べば設楽はふっと破顔した。 「お前の口からそんなセリフを聞くとは思わなかった」 「そう…ですよね…」  やはり馬鹿馬鹿しい事を言ってしまったかと俯く真崎ではあったが、設楽の方はそうは思っていなかったようだ。 「どうして暗い顔をする? 俺は嬉しいのに」 「え…っ」 「お前に好かれるのは嬉しいと、そう言ってるんだ。際限がなくなるなんて、ずいぶん熱烈な告白だと思わないか?」 「…っ」  胸に張り付くように顔を隠す真崎を、設楽は可笑しそうに眺めたあとで床へと下ろした。 「飯にしよう。お前の嫉妬は、食後に食ってやる」 「嫉妬だなんて意地の悪いことを仰らないでください…」  未だ頬を赤くしたまま拗ねる真崎の唇を設楽が奪う。  ダイニングテーブルの上の義理チョコを眺め、さすがの真崎もひとりでは処分に困るかと考えたところで、設楽はふと微かに笑いながら真崎の耳元に囁いた。 「処分できなかった分は、溶かしてお前にかけてやろうか?」 「ッ…尊!」 「それとも張型のように固めてケツに突っ込んでやろうか」  食べ物を粗末に扱っては…などと口にしながらも、真崎がもじもじと身を捩りだしたことは言うまでもない。とろりととろけた視線が設楽を見上げる。 「ご主人様が…わたくしめに食べさせてくださるのですか…?」 「飯が先だ。そんなに食わせて欲しけりゃ、その邪魔な包装紙でも剥いておけ。あとで遊んでやるよ」 「はい…!」  嬉しそうに返事をしてそそくさとチョコレートを剥きにかかる真崎の背中に設楽が笑う。自分も、毒されたものだと。 END
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