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「美咲ぃ…、奈津美ぃ…、なんで私がさぁ…。」
「心愛、元気出してって。」
「ここも大変だね。ほら、よしよ~し。」
「もぅ、人生らんてぇ、クソ!!ゴミ!!!」
酔っ払っている心愛を奈津美がなだめる。そんな二人を眺めながらファジーネーブルを飲む私。うまい。
今日は十数年ぶりの小学校の同窓会。今、私が26歳だから13、4年ぶりぐらいの再会だろうか。流石に十数年も経ってるのだからそんなに人は集まらないだろうと思ってたら、意外にも人は集まり最終的な参加人数は20人弱となった。初めこそ昔の男子や全然喋って無かった同じクラスの女子と喋っていたが、一時間も経つとそれぞれ仲良かった人と喋りだし、私は高校まで三人で姦しくやっていた心愛と奈津美とダラダラと喋る形になってしまった。そして今、心愛の愚痴を絶賛ご清聴中の私達である。
「本当に、マジこのとしぇ別れいわれんのきついって…。この歳ったらけっこん、ありえるんだよ!!??そういうことも考えろってろ…」
「本当だよねぇ、その気にさせるだけさせちゃってね!」
「大丈夫だって、そいつよりもいい男作って見返してやればいいんだから。」
心愛はこの同窓会の一週間前に、高校二年生の時からずっと付き合っていた彼氏に別れを切り出されたらしい。結婚も噂されているほどの仲だったらしく、心愛自身も少しそのことを意識していたため相当ショックだったようだ。先ほどからそこまで得意でないらしいお酒をがぶがぶと飲んでいる。…まぁ、大学からシングルを貫いている私と奈津美にとっては雲の上の話なのだが。
「すいません、こちら杏酒二つに、ゆず酒になります。ごゆっくりどうぞ。」
なみなみにつがれた杏酒とゆず酒が机の上に並ぶ。全部ストレート、このお酒でちょうど10杯目ぐらいだろうか。明日は二日酔いかも。
「えっと~、奈津美も杏酒だっけ。」
「あ、うん。心愛はゆず酒?」
「ゆずしゅ!ひょうらい!!」
心愛が無駄に怒鳴って渡そうとしたお酒をひったくったかと思ったら、
「ほら、独り身にかんぱい~!!」
と、自分に乾杯をし、ストレートのゆず酒を一気に飲み干す。
「ちょっと、心愛、大丈夫?さすがにペース早くない?」
「いいぉ~、今日は~!!」
そしてクソだごみだふざけんなと10分ほど喚き散らしたかと思ったら急に黙りこくって泣き出し、挙句の果てに机の上に突っ伏してしまった。あれだけ騒いでいた心愛も、やっと大人しくなった。っていうか、大丈夫かな。
「ここ、大丈夫~?ほら、お水。」
「おみじゅ…」
そう言ってほとんど突っ伏した状態で水を飲み干す。水を飲んでまた元気を取り戻したのか、今度は起き上がり、
「あ~。もう!!ちょっと、男呼ぼ!誰か男!!出会い欲ひぃ!!!」
と、いきなり怒り出す。
「え?呼ぶって、誰呼ぶの?」
「あぁ、もう拓哉!!拓哉~!!!ちょっとこっち~!!!」
そう言って向こう側の席に座っている拓哉を呼び出す。拓哉は、心愛と小、中で一緒の、心愛とかなり仲の良かった男子である。呼び出された方の拓哉も最初こそ戸惑っていたが、心愛の顔を見るなり、あぁ、心愛か、といった表情でこちらに向かってきた。
「ちょっと、拓哉!!わらし、この前ふられたんらけどぉ!!」
「久々に会ったと思ったらいきなり別れ話かい。っていうか、お前大丈夫か?流石に飲み過ぎなんじゃないか?」
「今お酒の話してない!!!」
冷静な拓哉の態度に心愛は頬を膨らませ拓哉の肩をぽかぽかと叩く。変わんねぇやつ、と拓哉はボソッと呟き持ってきた日本酒を一口飲む。せっかく体の心配をしてあげたのに叩かれるなんて、拓哉も大変だ。そしてひとしきり叩き終えたと思ったら今度は拓哉の肩に腕を回し、
「っつーかさ~、拓哉は彼女とか作んないの~?あんた中学まで独り身だったじゃん。高校とか大学で彼女作んなかったの~?って拓哉に彼女なんていないか~。」
と言ってダル絡みを始めた。
「なに勝手にいないって決めつけてんだよ。…まぁ、いないけど。」
「だっさ~、早く彼女ぐらい作れって~!ぅおら、ぅおら、童貞が~!」
「ったく、色々あるんだよ、こっちにも。」
ムッとする拓哉を見てケタケタと笑う心愛。なんて迷惑な女なのだろう。
「そういえばさ~、あんたさぁ、小学校の頃に私に告白しなかったっけ?なんか花束作ってさ~。今、思い出すとめっちゃ面白いんだけど~。」
「お前さぁ、人の告白を…」
そう言って心愛が拓哉の昔の告白をおちょくりだす。流石に拓哉の告白を小バカにする心愛を私は良くなく思い、
「ちょっと、心愛。それはさすがにじゃない?拓哉だって真剣に告白してくれたんだしさ。」
と、諭した。心愛は友達の私に注意されたことに少しムッとし、
「いや、バカにしてるんじゃなくて、可愛いって思っただけだし!あれなんだよ、こいつ小2の頃に花束作って告白したんだよ。それがさぁ、公園に生えてる花を搔き集めて作ってきてくれてさぁ~。今思うとすっごく可愛くってさ~!!」
と言ってまた笑いだす。拓哉は恥ずかしそうにし、
「別に、いいだろ…」
と言ってうつむいた。公園で必死に花を集めて告白する拓哉…、確かにその絵を想像すると少し可愛いかも、心愛じゃないけど。
「ちなみに、その花ってなんの花なの?」
「え?なんだっけなぁ、ハルなんとかだった気がする。」
公園に生えてる花で、ハルなんとか…。そのヒントなんとなくピンときて、
「それ、ハルジオンじゃない?」
私は聞いてみた。
「あ~、確かそんな名前だった気がする。どうだっけ、拓哉?」
「うん、そう、それ。」
ハルジオンの花を集めて渡したのかぁ。小学生ならではの告白、今の私達の年齢ではあり得ないシチュエーション。内心いいなぁなんて思ってると、奈津美が携帯を取り出し何やら調べ始めた。そして、何か面白いページを見つけたのか、画面を見てクスクスと笑い出した。
「奈津美、どうしたの?」
私が奈津美に聞くと、奈津美は、
「いや、ちょっと今の話を聞いて携帯を調べてみて~。ほら、見て。これ。」
と言って携帯を机の上に置く。私と心愛が画面を覗くと、そこにはハルジオンの花言葉が書いてあった。そこに書かれていた言葉は、追想の愛。
「追想の…、愛?」
「へぇ、そんな花言葉だったんだ…。」
さっきまであれだけ喜怒哀楽を露わにしていた心愛が、この言葉を見るや否やそっと拓哉の肩に回していた手をほどき急に大人しくなる。心愛が大人しくなったのをきっかけに、奈津美が拓哉に問い始めた。
「この花言葉、知ってて花束作ったの?だったらすごいな~。」
「あぁ、うん、調べた。恋とか愛とか入ってる花言葉の花を調べて、俺でも簡単に取れる花を探したんだよ。」
「へぇ、そうなんだ、すごいね!」
その可愛くもあり、ロマンチックでもある拓哉を奈津美と私が褒めてると、心愛がなんとかして揚げ足を取ろうと、
「じゃ、じゃあさ、追想、追想ってどういう意味さ!ちゃんとつ、追想の意味、知ってて渡したの!?」
と必死に聞いてきた。いや、流石にそこまでは…、と拓哉がどもっていると、
「追想って確か、昔を思い出すみたいな感じだったと思う。」
と奈津美が答える。
「ほら、やっぱ意味わかんないじゃん!だって昔を思い出す愛ってさ、当時からしたらわけわかんないじゃん!!小学生の私に昔を思い出せって、それ幼稚園とか赤ちゃんの頃のことを、思い出せって言ってるじゃん!!」
「漢字読めなかったんだよ!愛とか恋はなんとなくわかったんだけどよ、他のはわかんなかったんだよ!」
と、先ほどの押収が再び始まった。私はそんなやり取りを見て微笑ましく思い、追想の愛という花言葉と照らし合わせてつい笑ってしまった。
「美咲、なに?」
クスクスと笑ってる私の方を睨んで美咲が問いかけてくる。
「あ、いや、追想の愛ならさ、まさに今にぴったりだなって。ほら、二人とも小学校の頃の愛をさ、たった今、思い出してるじゃん。」
「うん、追想の愛だよ、追想の愛!」
私達がそう言って焚き付けると、心愛はまた勢いがなくなり、黙りこんでしまった。その顔はお酒のせいかどうかわからなかったが、ほんのりと赤かった。そんな心愛の様子を見て拓哉が静かに口を開いた。
「…俺さ、まだあの時の返事、もらってないんだけど。っつーか、俺はまだお前のこと好きなんだけど。」
「ぇ、た、拓哉…」
拓哉の発言は告白とは思えないほどゆっくりと落ちついていた。むしろ、心愛の方が動揺しているようで、目が明らかに泳いでいた。
「なぁ、こう言っちゃ悪いけど、お前、別れたんだよな。…俺じゃ、駄目か?」
「…」
心愛が顔を真っ赤にしながらうつむく。十秒ほど沈黙が流れたあと、
「ょろしく、お願いします…。」
と、さっきまでの勢いの欠片もない言葉が心愛の口から出てきた。その言葉を聞いた瞬間、拓哉が安堵とも喜びともいえる表情をし、心愛が溜息をもらす。そして、私と奈津美が心愛おめでとー!と、大きな拍手をプレゼントしてあげた。その拍手に気づいたのか、隣の男子グループがこっちの事情を察知し、
「おい、注目~!!!ここでカップルが出来たぞ~!!!」
と叫ぶ。みんながこっちを向いたと思うと、歓声と拍手の音が店内に響き渡った。心愛が顔を真っ赤にしてうつむき、拓哉がきまり悪そうに顔を背けていた。そんな二人を私は眺めて、お酒を少し飲んだ。嬉しいような、うらやましいような、ちょっと寂しいような、そんな気持ちだった。
・
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・
「あの、騒がせて悪かった。今日はありがとう。」
「二人とも、ごめん、二次会行けなくて!ちょっと、あの、あれで…」
別に二人でスッと抜ければ良かったのに。拓哉と心愛が私達にわざわざ断ってくる。
「はいはい、わかってるって。二人で楽しんできなって。」
「お幸せに~!」
そう言って手を振ると、拓哉と心愛は手をつないで夜道を歩いて行った。他のみんなはどうやら二次会に行くようだが、私達はどうもそんな気分じゃなくなって、
「帰ろっか。」
「だね。」
二人で帰ることにした。
二人で歩く帰り道。歩みを進める頭の中では、帰り際の心愛の幸せそうな顔が何度も浮かび上がってくる。本当は喜ばなきゃいけない場面なのだろう。しかしどうしても、ほんの少しだけ妬ましい気持ちが湧き上がってきてしまう。
「あ~あ、なんかいいな~。二人とも。」
そう私が呟くと、
「もう、心愛ってば裏切り者~!」
と、奈津美はわざとらしく叫んだ。どうやら、奈津美も私と同じ気持ちらしい。本当にうらやましいよね~、私達の恋はいつだ~、なんて喋りながら公園を横切ろうとしたとき、
「ちょっとだけ、ベンチで休憩しない?」
と、奈津美が言った。私も、もっと愚痴りたかったので奈津美の提案に乗った。
公園に寄ってから30分ほど経っただろうか。色々と愚痴やら妬みやらをお互いぶちまけたが、流石に肌寒くなってきてそろそろ帰ろうとなった。立ち上がり、ふと上を見上げると、満開に咲いた白い花が月夜に照らされていた。
「この花は、なんだっけ?」
私が奈津美に聞くと、
「こぶしの花、かな。あ、ちょっと待って。」
そして、奈津美はまたスマホを取り出して調べ、出てきた画面を私に見せる。
「こぶしの花言葉は…、友情なんだ。」
「だから、美咲。私達は心愛みたく恋愛に現を抜かさない!フォーエバー友情!」
「もち、抜け駆けは禁止だからね!」
そんなくだらないことを言っているとなんかおかしくなって、二人して顔を見合わせて笑った。そして、フォーエバー友情だーなんて叫びながら、月夜の道を帰っていった。そんな私達からは、さっき飲んだ杏の香りが漂っていた。
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