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「こちらは、私の母・綾乃です。……失声症で声がでません」
誤魔化しても無駄だろうと思い、淡々と説明する。すると白ひげのおじさんは眉を顰め、「そうでしたか。それはそれは……」と心配そうに母を見た。
「不躾な事をきいてすみません。職業病のようなものでして」
「いえ……」
「野暮なことは聞きません。ですが、椋島は療養にはいいところですよ。空気も人の心も澄んでいる。いかんせんちょっとした馬鹿どももおりますが、やかましいくらいで害はありませんし心を癒すには最適の島です」
皺の刻まれた顔を緩めて、そんなことを言い出す白ひげのおじさん。あれこれ聞かれると思っていたのに、少し意外だった。診療所をやっていると言っていたし、医者なのだろう。心に闇を抱えた人間が、興味本位で根掘り葉掘り聞かれるのを嫌がることを分かっているのかもしれない。
「そう、ですか」
「ええ。疲れてる時はなにもかも忘れて、ゆっくりするのが一番です。そうそう、椋島には隠れた名産や美味い物も揃っておりましてな……」
なんだろうこの人。何も聞かずして、私の心の奥に潜む闇を悟るかのような慈悲深い目をしている。
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