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俊一郎(しゅんいちろう)新太(あらた)はS家とN家の、それぞれの跡継ぎ息子として同じ年に生を受けました」  場所を家の離れに改めてから、老人は話し始めました。 「これだけで二人がお互いを意識しあい、対抗心を抱くには十分でした。なぜならS家とN家はともにこの村で古くから栄えた一家なのですが、その長い年月を通してずっと、我が家こそがこの村いちばんと、村を二分しての、いがみ合いを続けてきた間柄であったからです。けれども二人のそれは、たとえ家同士のそんな経緯があったとしても度を越していました。およそ二人は関係は不倶戴天の仇敵という言葉がふさわしいものだったのです」  そのとき日が陰ったような気がして、わたしは軒下から空を見上げました。雲が出たのでしょうか。けれど見上げた先には秋の晴れ渡った空が広がっているばかりなのでした。 「学業やスポーツはもちろん」老人の話は続きます。「競い合えることで、二人が争わないことなど、この世にないかのようでした。取り巻きの数やつきあう女性はもとより、文学や衣服の趣味まで、上下を付けては我こそが優れていると言わねば気が済まないのです。それも正々堂々と争い合うならまだしも、卑怯卑劣などと言うも愚か、ありとあらゆる奸佞邪知(じゃちかんねい)をも駆使して相手の足を引っ張り合うのです」  俊一郎は、と老人は続けます。  長身で端正な容貌をし、学業に秀でておりました。対して、新太はがっちりとした男らしい風貌の持ち主で、スポーツでは俊一郎を打ち負かすことが多かったのです。ために俊一郎は様々な反則に精通するようになり、運動靴や器具に細工をする、果ては、審判を買収したりもしたのです。  卑劣とおっしゃいますか? なに、その点では新太も負けていません。  彼が劣っていたのは学業ですから、カンニングの新手を彼は次々と考案しました。試験の答案を盗んだことも一度や二度ではありません。俊一郎が買収しようとしたのはたかだか徒競走の審判ですが、新太の方は学校の教師を買収することまで目論んだのです。  こうした細々としたエピソードを話し出せばきりがありませんから、一つだけ、お見せした黒山のお話をしておきましょう。  黒山は古くから新太の家の地所で、その昔からご覧になった通りのはげ山でした。  あるとき、それぞれに取り巻きを引き連れた俊一郎と新太が、黒山の手前で出くわたことがあったのです。  さっそく俊一郎は取り巻きの一人とこれ見よがしな会話を始めて、黒山のみっともないはげ山っぷりを嘲ります。 「まったく、Nのものはどれもこれも同じで、ろくなものがないな」  これに唇を噛みしめていた新太は、不意に声を張り上げて、 「ならSのもんはどうだ。どいつもこいつも見てくればっかじゃねえか」 「なんだと。それは聞き捨てならないな」 「いいや、そうだ。この黒山もな、見てくれは確かに悪い。だけどな、あのてっぺんの柿の実、あれはこの村でいちばんうまい柿だ」 「バカを言え」 「ほんとうだ。おまえは食ったことがないからわからんだろう」 「いいだろう。なら、秋になったら一度食わせてもらおう」 「おまえになど、もったいなくて食わせられるか」 「は。そんなことだと思った。どうせ渋柿だから食わせられないんだろう」 「違う。おまえにはもったいないんだ」 「ふざけるな。嘘だとを認めろ」 「嘘であるものか」  おわかりでしょう。ここまでいけば、もう後は取り巻きも含めてとっくみあいとなるのです。 「こうした関係が変わってきたのが、進学のために村を出ていた二人がそろって、親の後を継ぐために舞い戻った頃からでした」 「何があったのです?」 「新太の家が没落を始めたのですよ」と老人。 「俊一郎の父親というのが骨のある人物で、家の反対を押し切って都会へ出て、若い頃は苦労をしたのです。妻もその頃に知り合った商家の娘を、両親を説得して娶ったのです。あの戦争より前の、世の中がずっと封建的だった頃のことですから、なかなかできることではありません。そんな人物ですから、妻の生家を通じて村の産物を売りさばく新しい販路を開拓したりして、ついには身上を一回りも大きくしたのです」 「ああ。新太の家はそのことに焦ってしまったのですね」 「俊一郎と新太ほどではないにせよ、その父親たちも長年張り合ってきた相手ですから。けれど新太の父親にはよい伝手もなく、相談相手もいませんでした。しかも俊一郎の父親と違い、こんな山里で、大家の跡取りとして唯々おだて上げられて育っただけなのですから、人間が甘い。もとからうまくいくはずなどありません」 「なるほど」 「そうして失敗を重ねて焦ったあげく、手ひどい詐欺に引っかかって、あっという間に財産をすり減らしてしまったのです」 「ああ、分かりました。それで『悪魔の手鞠唄』なのですね。確かに恩田幾三に騙されて没落した由良家のエピソードをそれは思わせますね」  わたしはそんな話をして、少しばかり重くなりすぎた空気を変えようとしてみたのですが、効果はありませんでした。
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