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 大学を終えて、故郷に戻った新太からは取り巻きがみるみる離れていきました。彼には一生を添い遂げようと誓い合うことまでした、好いた女がいたのですが、その女さえ見れば俊一郎の機嫌をとっています。まさに金の切れ目が縁の切れ目でした。  それだけではありません。借金のカタに父親が手放したものは、山や田畑、家宝のたぐいまで、いつの間にか、S家のものになっていました。  見違えるように荒れ果てた家で、新太は鬱々として楽しまなかったようです。彼にとって決定的な出来事が起きたのは、そんな或る日のことでした。  と言って、その日は特別変わった出来事があったわけではありません。単に新太は気晴らしにと、散歩に出たに過ぎなかったのです。  その日、新太が向かった先は古くからのNの地所だった山で、彼にとっては庭のような場所でした。  ところが木立の間をさまよっている彼を、いきなり数人の男たちが取り囲んだのです。問答は無用でした。彼らは新太を捕まえると、引きずって、そのまま木立を抜けて行きます。そうして、ようやく開けた場所に出たところで、彼を放し、道ばたに突き転がしたのです。 「なにをする!」怒りのあまり、顔を朱に染めて新太は叫びます。 「なにをするだと」嘲るように答えた男は、ついこの前まで新太の取り巻きの一人でした。 「ここをどこやと思うとるんだ。ここはSの土地だ。俊一郎さんのものなんじゃ。おまえにここは歩かせんなっちゅう俊一郎さんのお達しじゃ。とっとと出てけ」  言葉の途中で、新太の顔色は先ほどまでの朱色が嘘のような、死人のような色に変わってしまいました。  言葉もなく立ち上がると、新太は誰でもよいとばかりに、いちばん手近にいた一人に殴りかかりました。  けれども所詮(しょせん)多勢に無勢です。  当然のように反撃に遭った新太は、袋だたきにされて、下生えの中に叩き込まれてしまったのです。  一人で通りを歩いていた俊一郎の前に、新太が立ちふさがったのはその翌日のことでした。無残に腫れ上がったままの新太の顔を見て、薄笑いを浮かべた俊一郎は、 「どうした? 山で転びでもしたのか? 気をつけろよ」とうそぶきます。 「……まだ、この村一うまい柿をおまえは食えないからな」 「ん?」 「まだ、この村一うまい柿をおまえは食えないからな」切れた唇で新太はそう繰り返します。 「なんのことだ?」 「黒山はまだおれンちのもんだからな」 「はッ」  鼻で嗤って、俊一郎は行き過ぎようとしました。そこへ新太がいきなり飛びかかったのです。まったく不意を突かれたのでしょう。俊一郎は倒れて、間の悪いことに、そこに開いていた側溝に落ち、あまつさえ右足の骨を折ってしまったのです。  脚を抱えてうめく俊一郎を見て、新太はさすがに怖くなったのでしょう。その場から逃げ出してしまいました。  けれども逃げる先などありません。  村はずれをうろうろしていた新太は、駐在に取り押さえられ、縛り上げられて街の警察署にまで送られてしまいました。  もちろん新太の両親は、そのときの彼らにできる精一杯のことをしました。けれどもすべては無駄でありました。  懲役刑が決まり、新太は獄に繋がれました。  それは長い、ほんとうに長い二年でした。  そして刑を終え、ようやく新太が戻ってきたときには、すべては終わっていたのです。  言っても詮ないことですが。  もし新太が刑務所で無駄に費やした二年の年月を、父親のそばに過ごしたなら、あそこまでひどいことにはならなかったかも知れません。
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