ふたりの夜明け

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「魔の刀を持ってしてもその程度か、人間よ」  イグナシオの方が優勢に見えた。  だが語り部の思うことはちがう。 (ノアは待ってる)  用心棒の目にはあくまで強い光が維持されている。 (相手が慢心して、僅かでも隙を見せるのを)  そしてその瞬間は来た。  一瞬、語り部の位置からは、用心棒が斬り込まれた風に見えた。  実際は逆である。  刀の長い刃が、賊の王の、胸を貫いたのだ。  用心棒は潔く刀を抜き取ると、それ以上敵に構わず、その横をすり抜けた。 「何故だ」 「……」 「何故、我に勝てた」  用心棒は相手を見ずに言う。 「私はある物語を与えられています。それを大切な人と紡ぎ続ける為にも、負ける訳にはいかなかったのです」 「なるほど……我は、お前の物語に呑まれ……その為の敗者となるのか……」  イグナシオがうつ伏せに倒れた。心の臓をひと突きだったのだ。 「ノア」  語り部は肌が粟立つのを感じながら、相棒へ近づいていく。  用心棒が刀を納めた。戦いをやめた両腕で、近づいてきた語り部を抱き寄せた。 「ノア……」 「ゼロ……」  東の空から、白い曙光が世界へと溢れる。それはふたりをひとつの黒い影に染めた。 「あなたを失いたくがない為に、私という物語が為に、多くの他者を手にかけ、彼らの物語を終わらせました。このような私があなたの用心棒であることを、どうか許してください」 「謝らないで」 「ゼロ……」 「だって、わたしとあなたにしか、共有できないものがあるから。だからあなたを選んだのだから」 「…………」  用心棒の抱きしめる力がやや増して、語り部も、彼の背に腕を回した。  風は凪いで、あたりは静かだ。死の沈黙がそこらに転がっているなか、生きているふたりだけが、別の沈黙の中にあった。  空は白く明るくなっていく。夜が終わり、朝が始まる。  ふたりの物語が、今日もまた、始まろうとしていた。
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