荒涼の地と賊の王

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荒涼の地と賊の王

 西日が真っ赤な中、馬を駆るふたりの旅人はゆっくりと、荒涼たる大地を行く。  不毛、その言葉が相応しい地であった。  草木は乏しく、人跡は、太い線として申し訳程度にわかる。吹き荒ぶ風は亡霊の泣く声のようだ。  半歩先を行く馬上の黒髪の男は、それでも警戒を怠らない。若く端正な顔立ちには、自らの役目を遂行し続ける真剣さがあった。彼の目は遠くに、獣の群れの影を捉えていた。また遠景には、一際目立つ(おお)きな岩山らしきものもある。  マントの裾をはためかせながら、ふたりの間にしばらく会話はなかった。   重い空気を打ち払うように、男の方から言葉があった。 「ゼロ、大丈夫ですか? 辛かったら言ってください」 「……大丈夫よ」  数十分ぶり会話はそれだけだった。  やがて男は、黒い目を細めると、後方の相棒を振り向く。 「ゼロ、前方に家々らしき建物が見えます」  後方の女は、強い風に亜麻色の長い髪をなぶられながら、なんとか頷いた。白い中性的な顔に大きな黒の瞳をした、独特な空気をまとう女だった。 「ではノア、ひとまずそこへ向かいましょう」  彼女の声には、澄んだ水のような特徴的な美しさがあった。乾いた大地でそれが、浮いて響くようだ。  何せ彼女は、語り部だ。  数多の物語をその身に刻んで語り歩き、金銭ではない対価を得て流浪することを生業としている、特殊な生き方だ。  男はその守護者──語り部に必ず付くとされている、用心棒。  用心棒が言った家々は、近づくにつれてその矩形の影の輪郭をはっきりとさせてきた。  ふたりの疲れに、かすかな力が戻る。  そこでまた物語が待っていることを、この時ふたりは、漠然としか予期していなかった。  小屋に近い家々は、計画性などは考慮されず、建てたい位置に建てられたといった印象であった。  それでも緑を植え付ける試みはされているらしく、畑があるにはある。  全てが西日の赤に染まっている。  まず用心棒が馬から降りた。  家々の真ん中あたりに、焚き火の跡がある。そこに蹲っていた、中年の男が振り向く。 「アンタらなんだね、一体」  気怠げな、生気を感じない声だ。  用心棒は男に返す。 「あちらの彼女は語り部です。私はその従者。この地に入ったばかりで、どうにも道に通じておりません。一宿も頼みたいので、この村の代表を呼んでいただけるか」  男は目を丸くした。 「なんと、語り部だと!」  声を大きくしたものだから、他の家々から人が出てきた。皆みずぼらしいなりだ。物珍しげな複数の視線に、ふたりは囲まれる。  男はちらりと、馬から降りるところだった語り部を見たが、すぐあからさまに視線を逸し始めた。  用心棒は他の村人を確かめた。顔は向けているが、直視しないようにしているのがわかった。 「申し訳ないがこの村に代表のようなものはいない。それにアンタたち、自分の身が可愛いなら、すぐ立ち去ったほうがいいと思うがね」 「なぜ?」 「本当に語り部であるのなら、とにかくだ」
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