荒涼の地と賊の王

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 語り部が前に進み出てきた。 「ノア、この方の言うこと、従ったほうがいいかもしれません。ただ……」  語り部の大きな黒い瞳は、男の目を捉えていた。  用心棒は小声で聞いた。 「何か視える(・・・)のですか」 「ええ、わずかに、不思議な──でもこれは一体……?」  男は大きく項垂れる。 「語り部の前で嘘がつけぬなどわかっている。だがどうしても知られたくないこともある」  語り部となるものには共通した異能がある。相手の目を見ることで、その奥に繋がる、心までもを読むことができるのだ。  用心棒は男に憮然とした表情をする。  そこへ、ふたりを視線で取り巻いていた人々の中から、ひとりの男が大又でやや進み出た。 「その通りだ、早くここを立ち去った方がいいぜ」  歳を感じるような渋みのある低い声で、正体のわからない警告が飛ぶ。  用心棒はその男を見て、一気に神経を研ぎすませた。  他の者と同様、薄汚れた身なりの男だ。黒い髪を撫で付け、額に傷跡がある。荒くれ者に見えないこともない。  しかし闘う者──それも上級者の冷徹な気を秘めていることを、用心棒は鋭い神経で感じ取ったのだ。  この男は自分と同類だ。そう、確信した。  男は更に言う。 「おい兄さん、アンタ用心棒なんだろ。大事なものは失くしたくないよなあ?」 「どういうことだ?」 「ここの王様(・・)は優しくないし、それに今は語り部に──」  その時用心棒は、馬の嘶きを遠くに聞き取った。聞いたのは彼だけではない。人々が一斉に西のあたりを向いた。 「ほーら言わんこっちゃない」  男は半笑いになって自らの家へと入っていった。  中年の男が、嬉しさ半分戸惑い半分といった声音で、叫んだ。 「ああ、イグナシオ様がお越しになられた!」 「イグナシオ様?」  用心棒は訳がわからないままマントの下の身体を緊張に固くした。
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