8人が本棚に入れています
本棚に追加
語り部が前に進み出てきた。
「ノア、この方の言うこと、従ったほうがいいかもしれません。ただ……」
語り部の大きな黒い瞳は、男の目を捉えていた。
用心棒は小声で聞いた。
「何か視えるのですか」
「ええ、わずかに、不思議な──でもこれは一体……?」
男は大きく項垂れる。
「語り部の前で嘘がつけぬなどわかっている。だがどうしても知られたくないこともある」
語り部となるものには共通した異能がある。相手の目を見ることで、その奥に繋がる、心までもを読むことができるのだ。
用心棒は男に憮然とした表情をする。
そこへ、ふたりを視線で取り巻いていた人々の中から、ひとりの男が大又でやや進み出た。
「その通りだ、早くここを立ち去った方がいいぜ」
歳を感じるような渋みのある低い声で、正体のわからない警告が飛ぶ。
用心棒はその男を見て、一気に神経を研ぎすませた。
他の者と同様、薄汚れた身なりの男だ。黒い髪を撫で付け、額に傷跡がある。荒くれ者に見えないこともない。
しかし闘う者──それも上級者の冷徹な気を秘めていることを、用心棒は鋭い神経で感じ取ったのだ。
この男は自分と同類だ。そう、確信した。
男は更に言う。
「おい兄さん、アンタ用心棒なんだろ。大事なものは失くしたくないよなあ?」
「どういうことだ?」
「ここの王様は優しくないし、それに今は語り部に──」
その時用心棒は、馬の嘶きを遠くに聞き取った。聞いたのは彼だけではない。人々が一斉に西のあたりを向いた。
「ほーら言わんこっちゃない」
男は半笑いになって自らの家へと入っていった。
中年の男が、嬉しさ半分戸惑い半分といった声音で、叫んだ。
「ああ、イグナシオ様がお越しになられた!」
「イグナシオ様?」
用心棒は訳がわからないままマントの下の身体を緊張に固くした。
最初のコメントを投稿しよう!