荒涼の地と賊の王

4/5
前へ
/17ページ
次へ
「おい貴様たち、答えよ」  男が近づいてくる。 「ああ、イグナシオ様」  あの中年の男が木箱を両腕に、イグナシオと呼ばれた男に跪いた。 「その者たちは先程ここに来たばかりでして、その──語り部と、従者だとのことです」 「語り部、だと?」  イグナシオの両眼に、魔物特有とでもいうような、飢えた光が兆した。  用心棒はマントの下に手を入れる。いつでも剣を抜けるよう、柄に手を掛ける。 「どちらが語り部だ?」 「わたしです」  語り部は臆さず名乗り出る。  男も名乗った。 「我が名はイグナシオ。この地の支配者なり」  用心棒はその直接的な表現に戸惑う。 「本当に語り部なのだな。嘘偽りは断じてないな」 「はい」 「我は語りを所望している」  イグナシオの語り部への舐めるような視線に、用心棒は気付いていた。 「だがそれ以上に──語り部そのものの所有を望んでいる」  用心棒は表情を歪ませそうになるのを堪えた。間合いを、既に図り始めていた。 「語り部よ、これより我のものとなり、語りを捧げてもらおうか」  動こうとした用心棒を、語り部は静かに制止した。 「あなたは魔物──ですね?」 「それがどうかしたか」 「そのように存在しているということは、浮かばれないのですね」  死して浮かばれぬ者の魂はこの世界では、何かしらに取り憑き魔物となる。魔物は餓えから肉を喰らい、生きてる人々を脅威にさらしている。  魔物には、語り部にも関係するある特徴がある。  語りを聴かせると、何故か餓えが満たされるのだ。  故に語り部と魔物にまつわる物語は、各地にあった。 「我は浮かばれるつもりはない。この魔性の生を、死に至るほど貪るのみ」 「魔物としての己を意識し、あくまで肯定していると」 「その通りだ。だがこの頃、肉というものに倦んできてな。だから語り部──その身をいただくぞ!」  イグナシオに動きがあるのと、用心棒の頭に血が限界まで登るのとは同時だった。  双方同時に剣が抜かれ、ぶつかり合う。  用心棒に、想定以上の力が伸し掛かる。まさに魔物の、人間離れした力だ。 「ゼロ、逃げてください!」  叫ぶが、語り部は首を横に振る。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加