物語たち綾なす夜

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物語たち綾なす夜

 世界は、夜に落ちた。  荒涼たる大地を寒さが包み、満天の星は冷たい輝きを放つ。  巨大な岩山の、切り開かれた峻厳たる道の果てに、その砦はあった。今は賊たちの拠点となっているその存在は、かつてこの地で戦があったことを示している。  語り部は、砦の牢の中にいた。  脚を折り横向きにして、隅に寄りかかっている。  夜気の湿りが牢の中に満ち、見張りの厳重な視線をも頬に感じた。灯火のはぜる音が、語りの際の焚き火を思い起こさせた。  語り部は己よりも、用心棒のことを案じ、胸中に複雑な思いを巡らせていた。閉じた瞼の下で、痛めつけられている相棒が繰り返し浮かぶのだ。  そうしている内にいつの間にか、マントを外したなりのイグナシオが鉄格子の向こうに立っていた。 「待たせたな」  語り部は瞼を開く。 「罪人みたいに牢に入れるなんて、ひどいもてなし方だわ」 「準備をしていた」  灯火の陰影を顔に刻みつつ、イグナシオは笑みを作った。  牢が、イグナシオ自らの手で解錠される。  語り部は立ち上がって、自ら牢を出た。 「付いてこい」  イグナシオに付いて進む。  砦内の通路を何度か曲がった果てに辿り着いたのは、華美に飾られた広い一室であった。  飾り気のない無骨な砦の中に、太古の王宮の一室が再現されたような部屋だ。  きらびやか絨毯が床を占め、大きな寝台には天蓋が付いている。あの戦車を牽いていた巨大な狼二頭が、専用の寝床らしき籠に伏せていた。  床には更に敷物がなされ、そこに酒が用意されている。 「そこに座れ」  命じられるまま、語り部は敷物の上に座る。イグナシオも、向かい合うかたちで座した。 「その地味なマントは脱げ。雰囲気を損なう」  語り部は地味な色合いのマントを脱ぐ。その下は丈の長い、紅色を基調とした衣装であった。ところどころに刺繍がなされ、素朴ながらも巧緻な模様を成している。そこ髪の亜麻色が差し込まれると、不思議な調和を作るのだ。 「ほお、様変わりした。語り部らしくなったぞ」  イグナシオは杯に酒を注ぎ始める。 「お前も飲むか?」 「遠慮するわ。語りを阻害する恐れがあるもの」  室内のふたつの灯火が、ふたりにそれぞれふたつの影を枝分かれのように伸ばしていた。窓からの月光は火の色の前になりを潜めている。室内での語りに相応しい、それなりの雰囲気はできたようだ。
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