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イグナシオが一口飲むと、狼たちが目を覚まして、主の左右に侍った。主はその頭を撫でる。
「驚いただろう、ただの狼ではないのだよ」
語り部は巨大な狼に臆してはいなかった。
「北東の果てに、獣を信奉する民族がある。奴らはその毛皮を着て、獣の力にあやかるそうだ」
語り部はその話を聞いて、自らの深淵なる頭脳にひっかかるものをすぐ引き当てた。
「だが稀に、力の制御を失う者が出る。その者は毛皮を着るだけでなく本当に獣の姿になってしまうという。──この狼たちはそれだ。文字通り制御不能の獣に墜ち、居場所を失くした。我はこの物語を気に入ってな、自らこの者らを引き取った」
狼たちは愛撫に、小さな鳴き声を上げた。親に甘える子のようだ。
「どうだ語り部、今の話は知っていたか」
「ええ、知っているわ。獣の力を借りる者の話なら、類するものも加え、三十は知っている」
「お前はどのくらいの物語を知っているのだ?」
「わたしが語り部になってからの年月はまだ浅いわ。しかし、偉大なる我が師カイエンの教えと、行く先々での蒐集により、六百と六十六は語ることができる」
「ほう、それはそれは」
イグナシオがこちらに、目を合わせてきた。
「実に愉しめそうだ」
語り部の中へと、相手の心が流れ込んでくる。これまで侵したことの数々だ。さすがの彼女も眉を顰めざるを得なかった。
「さっそく語れ。今宵は程よく餓えている。わかっているな? 喰われたくなくば、物語を捧げよ」
「……わかりました」
語り部は相手の目を見ながら、どれを語るべきかしばし選定した。
「では、まず……」
頬を軽く打たれて、用心棒は目を覚ました。
意識を失う前の西日の赤の世界から打って変わり、青黒い夜が空を占めている。
用心棒の身は、樹に縛り付けられていた。
「おい兄さん」
彼を叩き起こしたのは、あの、額に傷のある男だった。
「ゼ、ゼロは……」
「語り部の姉ちゃんのことか? 今頃王様に語りでも聴かせてんじゃねえの」
用心棒ははっとして藻掻いた。縛めはびくともしない。
「気持ちはわかるけどよ、俺たちとしては大人しくしてもらいたいんだよ」
「どういうことだ……?」
「この土地には通じてないらしいな。ここはな、ゴミ溜めなんだよ」
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