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シロナガスクジラとクラゲの王様
ネットの情報を読み漁りながら、俺は一大決心をした。
とあるサイトに登録するのだ。
そして、何がなんでも彼氏を見つけて、バックバージンを捨てるのだ。
焦っているのかって、その通りだ。
俺は焦っていた。
この間の身体測定では、ついに180の大台を超えてしまった。
直ぐに筋肉がつくこの体は、父親に似て、まだまだゴツく、デカくなりそうなのだ。
まだ、今なら、俺を抱いてくれる人が見つかるかも知れない。
顔が映らないように写真を加工して、俺はプロフィールを作成した。
嘘に嘘を重ねたそれに反応してくれたのは、クラゲのように掴み所のないヒョロ長い男だった。
男のハンドルネームは王様。
胡散臭いことこのうえない。
俺はこっそり、クラゲの王様と呼んでいる。
俺のハンドルネームはシロナガスクジラ。
白永克也の名前から、適当に付けたのだが、中々気に入っている。
王様はシロ君と呼んだ。
まるで犬の名前のようだが、王様にそう呼ばれるのは、なんだか嬉しかった。
初めての待ち合わせ場所に公立図書館を指定したのは失敗だったかも知れない。
王様は少し笑って、「シロ君はイメージ通りだね」と言った。
王様は写真で見るよりいい男だった。細いけど、俺より高い身長は好印象だ。
「すぐにホテルに誘おうと思ってたんだけど、予定変更。……まずは、一緒にご飯を食べようか」
やっぱり、図書館なんかを待ち合わせ場所にしたからバレたのだろうか。冷や汗が背中を伝う。
歩き始めた王様の袖を慌てて掴んだ。
「お、俺は、今すぐホテルに行きたい……です」
語尾が弱々しくなってしまった。
情けなくて、俯いてしまった俺の頭に、ポンと手を載せた王様は、
「無理しなくていい。君とはゆっくり仲良くなれればいいと思うんだ。だから、今日は抱かない。でも、次に会う時は覚悟してね」
悪戯っぽくそう言って、俺の手を引いた。
一緒に食べた夕食は美味しくて、王様の話しは楽しくて、まるで夢のようなひと時だった。
翌日、浮かれていた気持ちは、地の底まで落ち込んだ。
王様に連絡が付かなくなったのだ。
電話もメールも拒否されていた。
二、三度、メールのやり取りをして、一度会っただけの王様。なのに、俺は、どうしようもなく好きになっていたのだ。
昼休みの教室で、泣き出しそうな気持ちをどうすることも出来ず、俺はそっと教室を抜けだした。
そのまま午後の授業もサボってしまおうと、校舎裏の裏門へと向かうと、何人かの生徒が揉めていた。
どうやらいじめの現場に鉢合わせたらしい。
面倒くさいが、仕方ない。二、三人の柄の悪い生徒を殴りつけて蹴散らし、いじめられていたらしい生徒を助けてやった。
そいつは、男にしては随分可愛らしい顔をしていた。体も華奢で、女装したらさぞかし似合いそうだ。
羨ましいと思った。俺もこんな風だったら、王様に振られることもなかったかもしれない。
次の日から、そいつが俺に付き纏うようになった。
懐かれて、好きになったから付き合ってくれと言われて、俺は正直、うんざりだった。
「なぜ、そんなに悲しそうなんですか?僕があなたのこと慰めてあげます」
積極的なそいつと俺が付き合っていると、噂が立つのはすぐだった。
否定するのも面倒で放って置いたら、そいつは家にまでついてくるようになった。
そんな日々を過ごすうち、なんとなく、もういいか、と思った。
俺なんかを好きだと言うそいつを好きになって、童貞を卒業して、それから……。
でも、どうしても王様のことが忘れられないのだ。
結局、曖昧な関係のまま卒業を迎え、進路が分かれて、俺はそいつと会うこともなくなった。
ゴールデンウィークを間近に控えたある日、知らないアドレスからメールが届いた。
王様からだった。
最寄駅から2つ隣の駅前で、19時の待ち合わせ。俺は緊張し過ぎて胃が痛くなる。こんなことは初めてだ。風邪すら引いたことがないくらい、体だけは丈夫なのに。
18時45分、先に着いていた王様が、こちらに手を振った
全然悪びれずに、
「久しぶりだね。シロ君、会いたかったよ」
そんな風に言って微笑うから、俺は怒りのやり場をなくして、ただただ悲しくなった。
この人にとって、俺はただの遊び相手。たまたま思い出して、からかってやろうとでも思ったのだろうか?
それとも、たまには変わり種を食べようとでも?
「泣きそうな顔をしてるね?ふふ、シロ君、俺は悪い大人だからね、逃げるなら今だよ。30秒だけ待ってあげる。その間に逃げないなら、俺は君をホテルに連れて行って、シロ君を抱くよ」
俺は立ち尽くす。逃げる?なぜ?抱いて欲しいのに?でも、ただの遊びで抱かれるの?悲しい。俺は今でも好きなんだ。
思考の波に囚われている俺の耳に、パチンと破裂音が届いて、我に返った。
「はい、時間切れ」
手を合わせた王様が、どこか楽しそうに言った。
俺は瞬きを繰り返す。なんだか喉が渇いてきた。
「じゃあ行こうか」
王様は先に立って歩き出す。俺が着いてくるに違いないと疑いもしない足取りである。
結局、俺は王様の後を追いかけてしまった。
初めて入ったそのホテルは、思ったより普通で、まるでビジネスホテルのように見えた。
でも、ベッド横のサイドテーブルに置かれた、アメニティらしいゴムと使い切りタイプのローションが、ここがそういう場所であると、さりげなく示していた。
「シャワーする?」
俺は無言で首を横に振った。
次に会う時は覚悟してと、そう言った王様の言葉を覚えていた。だから、家で体を洗って、ネットで調べた前準備も済ませてきていた。
「そっか。俺も、シャワーは済ませてるから、すぐにはじめられるよ?」
一歩だけ近づいてきた王様に、俺は思わず後退る。
王様は苦笑した。
「ふふふ、怖いよね?シロ君は初めてだものね?でも言ったでしょ、もう逃がしてあげないって」
王様はベッドへ腰掛けて、ジャケットを脱いだ。
そうして、俺に向けて手招きした。
俺は、声を出すことさえ出来ずに、浅い呼吸を繰り返す。
「シロ君、ここへ来なさい」
王様の口調と雰囲気が変わる。その短い命令に、俺の体は逆らえなかった。
王様の膝に手をついて、倒れ込むように、その足元に膝をついた。
「いい子だ。ほら、顔を上げて」
王様の冷たい眼差しが、射抜くように俺を見つめていた。その両目に、情けない表情をした俺が写っていた。
どれくらいそうしていただろう?
ふっと、緊張感が緩んだ。
王様の眼差しから、鋭さが消えて、その手が、優しく俺の頬に触れた。
「ねぇ、シロ君。ちょっとお話しをしよう。ここに座って」
俺はなんとか立ち上がって、王様の隣に座った。
「君は、俺のことをどこまで知ってる?」
「……H大学の院生。それから、恋人と去年別れて、今はフリー」
そう、俺はそれだけしか、王様のことを知らなかった。
「うん。そうだね。確かにメールにはそう書いたと思う。じゃあ、今度はシロ君のことを聞こうか。ハンドルネームはシロナガスクジラ。歳は18のフリーター。ゲイで、処女。今まで恋愛経験なし。そう言っていたね?」
俺は頷いた。嘘が2つ混じっているが、間違いではない。
「君は嘘つきだね」
こちらを向いてそう言った王様に、俺の心臓は跳ねた。
「うん、怒ってるわけじゃないから安心して。俺の方も嘘ばかりだからね。昨日が誕生日だったんだよね?16歳になったばかりのシロ君」
驚きに目を見張った。
「なんで……」
「誕生日は、前に食事した時に教えてくれたよね。それから、実はね、制服姿の君をある場所で見たことがあるんだ。だから、初めて会った時、君を抱くわけにはいかなかった。さすがに中学生に手を出すわけにはいかないからね」
「じゃあ、なんであの時、言ってくれなかったんですか?」
「こちらにも事情があってね、実は俺はS高校の教師なんだ」
「……え?じゃあ、俺を見たのって学祭に遊びに行った時?」
「そうだよ」
頷いた王様に、俺は混乱した。学祭に何人かの友達と連れだって遊びに行ったのは覚えているが、ただそれだけで俺のことを覚えていたと言うのが、納得できなかった。俺は王様と接触した記憶なんかない。
「君は目立っていたよ。N中学の制服姿が印象的だった。本当のこと言うと、一目惚れだったんた。だから、あの時の君と同じくらいの体格の写真に惹かれて、メールを送った。そしたら本人だったから、流石の俺も驚いたんだよ」
王様の話しに、俺の鼓動が速くなる。王様が俺を好き?本当に?
「じゃあ、なんで、電話もメールも拒否して、俺の前から消えたんだ?」
それだけは納得がいかない。
「中学生と交際なんて出来る訳ないでしょ。メールも電話も、バレたら問題になる。本当は、今だってダメなんだけどね。我慢が出来なかった」
そう言って俺の手を取った王様は、そっとそこに唇を落とした。
「ねぇ、シロ君、俺の恋人になってくれる?」
俺は半泣きで何度も頷いた。
こうして、シロナガスクジラはクラゲの王様の恋人になった。
「キスしていい?」
俺の顔をハンカチでそっと拭ってくれた王様は、暖かい唇を押し付けてきた。
目を開けたまま驚いている俺に、唇を離した王様は「眼は閉じて……」
小さく呟いてもう一度キスをした。
眼を閉じると、唇の感覚が鋭くなったような気がした。暖かさと柔らかさ、そして、濡れた感触が、優しく唇をノックする。
思わず、薄く開いた唇の隙間に、肉厚な舌が潜り込んで、咥内を丁寧に愛撫した。
俺の心臓は早鐘を打ち、身体の中心に熱が集まる。
「キス、気持ち良さそうだね。シロ君、服を脱いでくれる?それとも、脱がされたい?」
「……自分で脱ぎます……」
のろのろと俺が服を脱いでいるうちに、王様も裸になっていた。
俺は王様の下半身に目が引き寄せられる。
デカイ!
俺のも体の大きさに見合うサイズなのだが、王様のそこは、俺のものよりも大きく見えた。
ゴクリと息を呑む。
あれが、俺の中に入るのか?無理じゃないか?
俺が怖気付いたのが分かったのだろう。王様は安心させるように微笑んだ。
「いきなり挿れたりしないから、シロ君、そんなに怯えないで……。それにしても、立派な筋肉だね」
王様は、俺の大胸筋にそっと触れた。
「硬くて暖かい。それに、とてもドキドキしているね。肌もとても触り心地がいいよ」
もう一度、唇が重なって、その手が、俺の肌を優しく撫でさする。
筋肉が、心地良さに緩んで、体の力が抜けていく。
「うん、上手に力を抜けたね。シロ君、偉いよ。そのまま横になって。こっちを向いて」
俺はその声に操られるかのように、王様の思い通りに動かされる。
気がつけば、俺の尻には王様の長い指が三本も差し込まれていた。
明確な意思を持って動くその指に、俺は何度も何度も悲鳴のような喘ぎ声をあげさせられた。
そこに至るまで、俺の体に、王様の舌が、指が、唇が、触れていない場所は何処にもないくらい、長い時間をかけて蕩けさせられている。
「……も、もう挿れて、もう、欲しっ……あ、うぁ、ひっ……っ」
欲しいと言い終わる前に、指よりも太くて熱いソレに、一気に貫かれた。
苦しさよりも、熱さと、充足感で、眦からは止め処なく涙が溢れた。
甘い吐息が、汚い喘ぎ声が、官能を高めていく。
お互いを貪り合うような交わりは、激しく、そして、どこまでも幸せだった。
俺たちが本名を名乗りあったのは、全てが終わってからだった。
王野海斗と名乗ったその人は、生徒達から王様と言う渾名で呼ばれているのだと、照れ臭そうに笑った。
シロナガスクジラとクラゲの王様の付き合いは、その後も長く続くことになる。
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