フェラーリと軽トラ

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 まさに青天の霹靂だ。 非モテ界の重鎮だったはずのこの俺が今日、二人の女子から告白された。 一人は幼馴染の来栖凛(くるすりん)。 突然メールで校舎裏に呼び出されて、「ずっと好きでした」って告白された。一〇年あいつとつるんできて、あんなに真っ赤な顔を見るのは初めてだった。 俺は激しく鼓動する心臓をわし掴み、「少し考えさせてくれ」となんとか絞り出し、その場を命からがら逃げ出した。 その胸の動悸が収まらぬうちに、第二の刺客が目の前に現れた。 それはなんと学園のマドンナ・早坂菫(はやさかすみれ)さんであった。 「木村君ちょっと」と呼ばれてホイホイと着いて行ってみれば、いつのまにか誰もいない教室に連れ込まれ「好きなの」と一言。 俺の心臓は今度こそ鼓動をやめた。 とにかく、来栖の件もあるので、俺は早坂さんの告白も断腸の思いで一旦保留にさせていただいた。 順番が逆だったら喜んで付き合っていたんだろうなんて思いながら、一応はどちらのオファーを受けるのか平等に審査せねば、来栖に対して申し訳が立たないと考えたのである。 幼馴染の情けというやつだ。 / と、いうわけで。 まずは見た目から考えてみよう、と思った時点で答えは出ていた。結論から言えば、早坂さんの圧勝である。 来栖も顔立ちは決して悪くない。ちょっと垢抜けなさは残るが、太い眉をへの字に曲げて笑う顔は確かな愛嬌があり、一部男子の間で人気を博していることも知っている。俺自身、幼馴染として鼻が高いと感じることも多々あった。 それでも、早坂さんという美しいバラを目の前にしたら、来栖なんて道端に図太く生えたたんぽぽのようなものであった。 スタイルなんて比べたらなおさら早坂さんだ。ゾウとミジンコだ。どこが、とは言わないが。 では、性格はどうだろうか。 早坂さんは美人なのにお高く止まっておらず、みんなの人気者だ。俺みたいな日陰者にもいつも優しく接してくれた。今思えば、それは好意の表れだったのかもしれないが。 あぁ、ムズムズする。 ……対して、来栖は俺と同じで目立たない性格である。いわゆる「陰キャラ」というやつだ。 決して悪いやつじゃない、というかむしろ物静かで俺は好きなタイプだけれど、一般的に好まれるのは早坂さんみたいなタイプだろう。 さて、結論は出た。見た目も性格も早坂さんの勝ちとなれば、どちらの告白を受けるべきかなんて明白である。 俺は震える手でケータイを尻ポケットから取り出し、早坂さんに告白を受ける旨のメールを送ろうとして――すんでのところでふと手を止めた。 かわりに、電話帳を開き、仲間内で唯一の彼女持ちこと、イケメンの吉村の番号を探す。 なぜだろう、なんとなく、本当に早坂さんにでいいのかと叫ぶ自分がいた。このときの俺はたぶん、吉村のような恋愛の先輩から、早坂さんを選ぶことにお墨付きが欲しかったのだろうと思う。 俺は祈るような気持ちで通話ボタンを押した。 /  10コールほど粘ったところで吉村は電話に出た。 「吉村!」 「うわっ、でっけぇ声出すなよ。どした?」 「い、今さ、俺、来栖に告白されて、その後すぐ早坂さんに告白されて、俺、どっちを選べばいいかわからなくて……」 「は? いいからちょっと落ち着けよ」  俺ははやる気持ちを懸命にこらえて今の状況を説明した。「で? 何が問題なの?」と吉村がなだめるように言った。 「俺、どうしたらいい?」 「そりゃあ、どっちかと付き合うか、両方とも断るかだな」 「こ、断るなんてありえねぇよ!」 「じゃあ好きな方と付き合えばいいだろ」 「早坂さんを選ぶべきだよな?」 「さぁ。それはお前が決めることだろ」 「決めるってどうやって! 吉村、お前彼女と付き合ったとき、どうやって決めた?」 「んー、フィーリングってやつ?」 「なんだよそれ! わかんねぇよ!」 「うるせえ。あとは自分で考えろ」  その言葉を最後に、電話は一方的に切られてしまった。 / 俺は「フィーリング、か」と呟き、そういえば、と吉村の彼女のことを思い出す。  吉村の彼女――田中さん――は隣のクラスの、こう言っちゃなんだけど、ちょっと地味な女の子だった。派手好きな吉村にしては意外だな、と皆で話した覚えがある。  それが最近では一緒にいる姿を見慣れたせいか、妙にしっくりくる心地良さを感じるのだ。 例えるなら、大きさの違う二つの歯車が、かっちりかみ合っているような。 「フィーリング、ねえ」 俺はもう一度繰り返し、目を閉じ、頭の中で、吉村と田中さんが並び立つ風景を切り取って、代わりに自分と早坂さんの姿を当てはめてみた。 うーん……。しっくりこない。なんというか、ド田舎の日本家屋の庭にフェラーリが停まっているみたいだ。 自分で言っていてよくわからないけど。 ついでに、早坂さんの代わりに来栖を当てはめてみた。なんとなく、やってみた。 するとどうだろう。 フェラーリは突如として泥のついた軽トラに変貌し、中から畑仕事を終えた俺が降りてきて、縁側で来栖が淹れたお茶を飲むというような光景が、瞼の裏にまざまざと広がったのである。 「ずっと好きでした」来栖の言葉が頭の中でこだました。とくんとくん、と心臓が穏やかに脈を打つ。 心地良い。  俺は手に握ったままのケータイをゆっくりと操作して、電話帳から来栖の名前を探す。  通話ボタンを押し、コール音が二回、三回と響く。 「フィーリング、ね」  俺は三度(みたび)呟く。  確かに、早坂さんの方が綺麗で世間受けはいいかもしれない。  だけどそれが恋愛の全てじゃない。  真っ赤なバラより道端のたんぽぽを貰って喜ぶ人もいる。そういうことだろう? そうこうしているうちに、「はい、来栖です……」と電話口から不安げな声。数秒後にはきっと、歓喜の声に変わる、はずだ。 への字眉になって嬉しそうに笑う来栖を想像して、俺はへへっと鼻をすすった。
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