見よ、世界は今日も変わり続ける

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  「助演男優賞に輝いたのはーーーケンジ・マエダ! 『ワン・ペン、ワン・ブック』!!」  一際大きな歓声があがった。名前を呼ばれたケンジ・マエダは自分の名前が呼ばれたことが信じられない、夢じゃないのか、と言った顔で立ち上がり、爆発した拍手や口笛、喝采を受けながらオスカー像を受け取り、昨年の助演女優賞受賞者であるレイラ・ドーンと抱擁した。 「いや……取りましたね、ケンジ!」と英国の映画雑誌『エンパイア』の新入り記者ジェームズは予備のボイスレコーダーを起動させながら一ファンとして歓声をあげた。ジェームズは今年初めてアカデミー賞授与式に出席し、何もかもに興奮していた。 「ああ、ノミネート当初から助演男優賞を取るのは間違いなく彼だと言われていたからな……」と先輩記者のサイモンがカメラを連射させながら言った。  サイモンがそう話しているとケンジ・マエダは辿々しく照れながらも自分はまだ成熟した役者で無いこと、その未熟な自分を支えてくれた人たちへの感謝を述べた。日本人らしくお辞儀をするとまた拍手が沸き起こった。 「サイモンはケンジがうちの新人賞を受賞した時から知っていたんですよね」 「ああ。舞台も観たことがある。その時から卓抜した演技力の持ち主だったが、映画デビューを果たして益々素晴らしい俳優に成長したな……」  ケンジ・マエダ。十九歳で渡英して以来舞台と映画で活躍する、今最も世界が注目している日本人俳優の一人だ。映画デビューには心配する声もあがったが初出演作『私には貴方が在る』の弁護士役は好評を博し、そこでエンパイアの新人賞を受賞した。その後も好評を博し、『ワン・ペン、ワン・ブック』は映画出演の四作目にあたる。ワシントンD.Cの連邦刑務所に収容された囚人と看守の友情を描き、作品そのものの素晴らしさと共に看守を演じたケンジの演技は絶賛された。それは映画の登場人物(キャラクター)という想像(フィクション)を超えていた。看守ヘンリー・R・フルカワは映画を観る観客同様、生きていた。 「けれど映画に出てたった四作目で助演男優賞だなんて……しかも王立演劇学校の出身でしょう……? 凄いなぁ……」とジェームズは呆然と呟いた。  サイモンも頷いた。「ケンジは不思議な役者だ。新人賞を受賞した時のインタビューでロンドンに渡るまでは殆ど演劇には縁が無かったと話していた」 「ええっ!? そうなんですか!?」ジェームズは信じられない思いで受賞前のプロモーション映像を思い出した。中盤、脱獄を企てたと疑われた主人公の囚人を見せしめの為に滅多打ちに拷問する冷酷さと拷問を終えた後、囚人に垣間見せた人間性……あの複雑さが十九歳まで素人だった俳優に演出出来るものなのか? ジェームズはますます興味が湧いた。 「授賞式にはケンジを教えた演劇学校の講師も招待されている筈だ。ボイスレコーダーの準備をしておけよ」 「は、はい!」とジェームズはボイスレコーダーが入っている袋を確認した。
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