見よ、世界は今日も変わり続ける

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 人混みを掻き分けたサイモンはケンジの歯にマイクをぶつけかねない勢いで突き出した。それに他国の雑誌記者はたじたじに引いたり、舌打ちをして退いた。 「ケンジ! 日本人初の助演男優賞おめでとう!」  サイモンが叫ぶとケンジの表情がやっと知人に出会えたことに安堵するようなそれに変わった。ケンジはメディアが苦手で笑みを作ることは殆ど無い。貴重だ。 「サイモン・エイドリアンさん、ですよね。ありがとうございます」といきなりサイモンのフルネームを呼んだことにジェームズは絶句した。ケンジは自分を取材した記者の名前と顔を絶対忘れないという話は本当だった。 「水臭いな。サイモンと呼んでくれ。あ、こいつは新人のジェームズ」とサイモンは言いながらジェームズを前に引っ張って紹介してくれた。ケンジと握手をしたジェームズは彼の手の固さに驚いた。 「我々『エンパイア』はケンジはいつかでかいことを成し遂げると信じていた」  ジェームズはボイスレコーダーの電源を入れた。取材スタートだ。サイモンのこの言葉が記事の最初の一文になるだろう。 「そんなことを言ってくれるのはサイモンぐらいです」とケンジは肩を竦めた。「ジェームズさん、サイモンは俺が無名だった頃からそう言っては周りの人間を困らせていたんです」 「僕のこともジェームズと呼んでください、ケンジ」とジェームズは答えながら苦笑した。「しかしサイモンは正しかった。『アリバイ』のラルフ・ペイントン大尉役でデビューして以来、貴方は精力的に活動を続けている。ハズレ役など無く、特に『オセロ』でイアーゴを演じた時、外国人嫌いの批評家たちはぐうの音も出せなかった……」 「その時の批評家の中に本当は外国人嫌いなど居なかったんですよ」とケンジはまたはにかむような言い方をした。インタビューは続き、最後の質問にする時間が来た。 「今回受賞にあたった『ワン・ペン、ワン・ブック』のフルカワはイアーゴや『私には貴方がある』の弁護士役、『幻虎伝』の李徴役とは全く違う性格の人物(キャラクター)です。全く違う性格の人物も演じるケンジにははまり役が無く、逆に言うなればという凄さ……ケンジ、どんな役でも演じられる秘訣とは?」 「うーん……」とケンジは呻いた。「色々な人から散々聞かれるけど本当に無いんですよね……しかも皆、俺に()れない役は無いようなことを言いますけど逆ですよ。……現に演劇学校時代じゃ劣等生だったし。……強いて言うなら役作りをする時に徹底的にケンジ・マエダという個人や生活を意識下から締め出した結果だと思います。昔、そう教わって……知人や友達にも一切連絡しないとかその環境作りの為には器物損壊も厭わないし……逆に其処までしないと役作りが出来ないのでやっぱり成熟した役者とは言えないですね」とケンジは締め括った。
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